最近、自分の師匠が可愛い気がする……そんな風に『嘉山鋼太』が思い始めたのは一週間ほど前の事だ。それ以前は尊敬の念が一番強かった筈なのに、ここ一週間は何故か師匠こと『工藤楓』が可愛く見えて仕方が無い。
但し師匠は男だ。紛れも無い男だ。嘉山よりも年下であり、体付きに至っては同年代の男性と比べれば遥かに細い部類に入る。顔立ちだって童顔だ。女性からは可愛いと言われるかもしれないが、同性から可愛いなんて言葉を投げ掛けられるのは先ず有り得ない。
しかし、そう自覚していた筈の嘉山がここ最近師匠を可愛いと思い始めるようになってしまった。
師匠に見上げられた時の上目遣い、師匠の衣服の隙間から見えるキメ細かい肌、師匠に近付いた時の甘い香り、師匠の一挙一動が可愛く見えてしまう。挙句の果てには師匠が女の子だったら……と危険な想像さえもしてしまう程だ。
「俺……もしかしてヤバい方向に目覚めてるかも?」
嘉山鋼太25歳、自己嫌悪の真っ最中である。
「いやいや、これは一時の気の迷いってヤツだ。すぐに間違いだって気付くさ。それに俺は師匠の事を尊敬しているんだ。決して恋愛感情なんて抱いちゃいない。うん、そうだ。そうに違いない」
自分が抱いている危険な思惑を振り払い、何度も何度も自分が正常であると言い聞かす。そして上記の台詞を三回か四回程繰り返し、気持ちを落ち着かせた所で嘉山はある建物に入った。言わずもがな、彼の師匠が仕事場としている雑居ビルだ。
「こんちわ〜」
「あ、嘉山くん。いらっしゃい」
何時もの軽い気持ちで師匠こと楓の部屋に足を運んでみれば、相変わらずの仕事熱心な師匠の姿があった。
作業場には修理の為に持ち込まれた玩具や人形、そして製作途中のフィギュアが無数にあり、相変わらずの仕事場の風景に嘉山はホッとした気持ちになった。こういう真面目な仕事の風景を目の当たりにすれば、少しは楓に抱いていた邪な気持ちは和らぐであろうと言う意味で。
「すいません、師匠。こんな夜遅い時間帯に来ちゃって……」
「ううん、寧ろ嬉しいよ。嘉山くんなら何時でも大歓迎だよ」
「そ、そうっすか?」
前回と同じ夜遅くに来たにも拘らず、楓は嘉山の来訪を我が身の事のように喜んでくれた。師匠にそのような事を言われて嬉しい気持ち三割、そして恥ずかしい気持ちが残りを占めた。恥ずかしいというのは楓の台詞に対するものではない。彼の見せた可愛い仕草に思わず心臓がドキッと跳ね上がり、それを意識した事に恥ずかしいと思ったからだ。
大きい瞳が上目遣いでこちらを見、首回りが少しダボ付いた服の隙間から彼の胸元がギリギリで見えている。それに心成しか頬が薄らと朱色に染まっている気がし、結論として言えば……楓の何もかもがエロく見えてしまう。嘉山は自分の意思とは無関係にゴクリと固唾を飲み込んだ所でふと我に返る。
(な、何で俺は興奮しているんだ!? 欲求不満なのか!? ああ、そうか。欲求不満だから師匠でさえも可愛く見えるんだな。少し金を貯めたらソープかデリヘルに行って抜いて貰わないとな……)
「嘉山君、どうしたの? 顔が赤いよ?」
自分の頭の中で自問自答していると、不意に楓から声を掛けられる。そこで意識を戻して正面を見れば、自分のすぐ目の前……それこそ目と鼻の先と呼べる程にまで顔面を近付けた楓が視界に埋め尽くされる。これには嘉山も驚いてしまい、思わず数歩後ずさってしまう。
「え!? あ! いや! 少し喉が渇いたなーって思っただけッスよ! 今日、あんまし水分摂ってないし!」
「なーんだ、じゃあジュース取って来るね」
嘉山の顔の赤さを喉が渇いた事によるものだと認識した楓はその場から立ち上がり、彼の喉を潤せるジュースを取りにキッチンへ向かう。
(あー、やっぱり駄目だ。俺、師匠を意識し過ぎちゃってる。いや、師匠の事が好きだって心の中で断言しちゃってる)
一人残された嘉山はキッチンへと向かう楓の後ろ姿が見えなくなった頃、盛大に溜息を吐き出した。その溜息に含まれているのは安堵と不安の二つ。苦し紛れの言い訳を信じてくれたと安心する一方で、楓に自分の本心を見抜かれなかっただろうかという不安が心の底から沸々と込み上がって来る。
今まで自分の気持ちは誤りだの間違いだのと言い張って来たが、遂に彼自身も己の内に潜む本心を認めざるを得なくなった。
嘉山もまた楓の事が好きであった。当初、楓に対して抱いていた『好き』は親友としての『好き』であったが、ここ一週間程でそれは恋愛感情の『好き』へ移行してしまっていた。男が男を好きになるなんて有り得ない事だし、あってはならない事だと嘉山自身も認識していた筈だった。故に只管にその気持ちを否定したのだが、誤魔化し続けるのは最早無理だと悟った。
(けど、だからと言ってこの想いを師匠
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想