秋葉原―――その名を聞けば人々は何を思い浮かべるだろうか。恐らく海外から来た人々は電化製品やPC製品が豊富にある場所として認知し、日本に住む人々はオタクの聖地として認識をしているだろう。
確かに秋葉原には海外の人々も羨む程の数多くの電化製品が揃っており、電化製品を取り扱う大型ショッピングセンターも幾つかある。それ故に電化製品の激戦区と言われるのも納得だ。
また秋葉原には萌えやコスプレ、同人誌など日本ならではのオタク文化が発祥した地としても有名であり、現在でもオタク達が犇めき合っている。
そしてこれは後者の部類に属するのだが、秋葉原には豊富な人形が揃っている。先に述べた萌えを追求した人形は勿論のこと、何十年も前に製造された骨董品と呼ぶに相応しい時代を感じさせる人形、更にはブリキの玩具やプラスチックの模型に至るまで。
知る人ぞ知る貴重且つ希少な人形が秋葉原には存在しており、コレクターならば涎が出るのを抑え切れない程の宝が眠っているかもしれないのだ。無論、それらのお宝には何万円、何十万円という高い値札がぶら下げられているが、一流のコレクター達は人形を得る為ならば自分の財産を惜し気もなく投資する。つまり売る側にとっても、これは大きなマネービジネスでもあるのだ。
それ故に人形を取り扱う店同士の対立も少なからず存在しており、店内に飾ってある人形の配置が自分の店と被っているとイチャモンを付けられ裁判沙汰になった店もある程だ。裁判の行方、そして真偽の程は定かではないが、そういった商売や人形絡みの揉め事もあるのだと頭に置いといてもらいたい。
文字通り人の欲望渦巻く秋葉原の人形事情ではあるが、そんな秋葉原ならではの欲望の波に晒される事無く只管前向きに人形に関する商売を続ける店があった。
秋葉原の歩行者天国で賑わう繁華街から少し離れた裏通りに近い場所にある五階建てのビル。剣山のように聳え立つ周りの高層ビル群のおかげで少し日の当たりは悪く、道幅も狭い。
歩行者天国に比べれば行き交う人々の姿は少ないが、人混みを嫌う人や、賑やかな表通りにはない珍しい商品や玩具を求めて足を運ぶ人間の姿が見受けられ、少なくともその通りには100人近くの人間が行き来していた。
そんな裏通りのビルに店を構えた模型と人形専門店『リビングドール』は今日も商売繁盛だった。この店の売りは一階から五階に至るまで、全て模型と人形の商品で埋め尽くされているという事だ。
一階は老若男女誰しもが好む人形……リラッ熊や垂れパ●ダなど、癒し&キュート系人形の専門店となっており、可愛いものが大好きな女子高生やOLなどで常に賑わっている。
二階はプラモデルや軍艦模型、更には怪獣模型を置いたプラスチック模型専門店。人間と同じサイズの怪獣人形から、迫力ある戦車や戦艦のジオラマなど男心擽る模型玩具が所狭しと並んでいる。
三階は一部のオタク達に大人気である萌え人形を数多く揃えた萌え人形専門店。俗に言うR−18指定の人形も売られているので、お子様は出這入り厳禁である。
四階は西洋から東洋に至る骨董人形、価値の高いブリキ人形を揃えたアンティーク人形専門店だ。希少品という事もあり値は張るものの、時々そういった物に目が無いコレクターの人が足を運んでは大金を出して数体人形を買い取ってくれる事もある。
そして最上階である五階……この五階こそがリビングドールの最大の売りであり、此処にしかない人形専門の修理店だ。今まで述べた一階から四階に至る人形の修理は勿論のこと、一般の玩具屋で売られている幼児向けの玩具の修理も請け負ってくれる親切で丁寧な店としても有名だ。
今日も五階へと続く長い階段には、壊れた玩具や人形を手に持つ人々の行列が出来上がっていた。しかし、長い行列とは相反して五階の内部は極めて狭いものであった。
いや、狭いと言うよりも、五階のほぼ大半が人形を修理するのに必要な機材や道具を置いた作業場となっており、客が出入り出来るスペースが制限されていると言うのが正しいであろう。
店に入ってすぐ目の前にレジが置かれたカウンターがあり、そこにバーカウンターに見受けられるような床に固定された椅子が一つ設置されている。客は一人ずつ店に入り、そこに腰を掛けて店のオーナーと修理して貰いたい人形や玩具について色々な相談をするのだ。
まるで占いの館に入り、占い師と一対一で遣り取りをするような雰囲気さえも感じられるが、無論此処はそんな場所ではない。あくまでも人形を修理する修理屋だ。
それでも人々が此処に詰め寄るという事は、それだけ此処の職人の腕前を高く評価し、同時に信頼している証拠だ。
そして今も店には一人のサラリーマン風の男性が五階の店のオーナーと真剣な面持ちで話し合いをしていた。
「……成る程。落とした衝撃で腕が外れちゃ
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