第12話 病巣切開【ジェイク・ザ・サージェン】

 街から距離を置き、街道からもほどほどに離れた田舎にて……。

 「先生っ、先生!! どうか、うちの子を助けてください!!」

 古めかしい廃墟、今はもう使われていない教会だったその建物の木戸を激しく打ち鳴らす女が一人。ここにいるのは神父や牧師の類ではない。

 「おやおやぁ、何かあったのかねぇ」

 間延びした声が扉の奥から届く。続けたごそごそと動き回る音の後、建物の主が扉を僅かに開けてひょっこりと顔を出した。

 「助けておくれよ先生!! うちの子が……うちの子が、馬に蹴られて……!!」

 「何やら大変なご様子ぅ。すこーし、待っててもらいましょうかぁ」

 扉を開けたまま奥に引っ込んだ男はベッド代わりに使っていた長椅子から上着を引っ掴むと、それを無造作に羽織り外へと出て来た。

 「ケガしたのは何分くらい前なんでしょうかねぇ?」

 「え、ええっと、もう三分くらい経ちました! あの子ったら、うちの亭主以外は手を付けられないってのに、馬小屋の掃除をしてて、それで……ああっ」

 「頭ぁ? それとも腹ぁ?」

 「あ、頭です! 血が出て、それで、あの……!!」

 「その後、どうなったのかなぁ?」

 「馬小屋の、藁が敷き詰めてありますから、そこに寝かせています。絶対動かさないように!」

 「ほうほうほう」

 この時代、動物絡みの事件や事故で命を落とす者は後を絶たない。その多くは狩りの最中にクマやイノシシなどの猛獣による被害だが、こうした農村においても全くの無縁ではない。馬や牛は労働力として飼っている家もあり、特に馬に関してはその神経質な性格を読み違え、落馬して体を打ち付けたり不用意に背後に立ってしまったことで蹴られるケースもある。

 半ばパニックに陥っている母親に連れられて辿り着いたのは、彼女の主人が管理している家畜小屋。そこには既に主人もおり、妻と同じく男の到着を待ち焦がれていた。

 「おおっ、先生! うちの倅を助けてやってください!」

 「どれどれ。おーっと、こりゃあ随分とハデにやったねぇ」

 案内された男が見たのは、母親の言ったように敷き詰めた藁の上に横たわった息子の姿。その頭部には押さえ付けるように布が幾重にも当てられ、既にそこには血がしみ込んでグシャグシャになっていた。

 放置すれば命に関わりかねない重傷、一刻を争う事態だが男の対応は終始落ち着ていた。当てられた布を外して患部を観察し、一目で傷の深さと適切な処置を模索する。

 「なるほどねぇ。ヒヒッ……大丈夫ですよぉ。この子は助かりますねぇ」

 「ほ、本当ですか!?」

 「こいつは馬の傷じゃないねぇ。柵の周辺見てくださいー。多分、興奮した馬にこの子がビビッて仰け反った拍子にすっ転んで、それで柵に頭ぶつけて切ったんでしょうねぇ。本当に馬に蹴られてたら頭は蹄鉄の形にベッコリですよぉ」

 指摘された通りに件の馬が入っている柵の周りを調べると、確かに一部にべっとりと血が付着している箇所があった。対する馬の脚には全く血が付いていなかった。

 「頭の傷は血がたくさん出ますから、驚くよねぇ。でも、ちょいとここを圧迫してやればぁ……ほーら、止まったぁ! ヒヒヒヒ」

 男の指先が傷口から少し離れた箇所を指の腹で軽く押す。一瞬だけ出血が増したが、直後にはそれまでが嘘のようにピタリと出血が止まった。だが痛みはそのままなので、当然子供の口からは悲鳴が上がる。

 「んー、木の破片とかも入ってない綺麗な傷口だぁ。それじゃあ、ちょーっとこの辺押さえててもらってぇ……」

 「ええ!? こ、ここですかい?」

 「うーん、こんなもんかなぁ」

 父親に止血を任せ、男は懐に無造作に手を突っ込むと数枚の植物の葉を出した。それらをこれまた大雑把に手の中で丸めると両手に力を加えて潰し、搾り上げ、染み出した汁を子供の傷口付近に塗り付ける。

 「こいつを患部に塗れば、あら不思議ー。見る見る間に出血が引いていく、野山に生える血止め草でござーい」

 緑色の汁が患部に滴ると男の言うように血は止まった。薬草の中には痛み止め効果を持つ物もあり、それまで激痛に苦しんでいた子供の表情も和らぐ。ある程度振りかけた後、潰した葉を直接傷口に当て、その上から包帯を巻いて固定し治療は完了だ。

 「終わりましたぁ。今後は様子見ですねぇ。薬草はすぐ枯れるんで、また来なきゃあ。眩暈、吐き気を訴えるようならご注意をぉ」

 「倅は、倅は助かるんですかい!?」

 「精々、患部に傷痕が残る程度ですねぇ。まぁ男の子なら、この程度は勲章ですよぉ」

 「何から何まで、本当にありがとうございます! 先生がこの町に居てくれなきゃ、今頃どうなっていたことでしょう」

 「さて、それじゃー、この子を屋内に運びましょうか
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