「私はね、望むものを望まれるまま、望むだけ与えて来たんだよ」
調査報告を自らが率いる調査隊の助手に任せ、応接室に通されたドクタル・ムウ。その手に収まるグラスには水のように透き通った酒が注がれており、外地での調査活動を労う為のそれはこの国で最も価値の有る最高級の物だった。
「“超人”もその一環であり、つまるところ私のライフワークといったところか。彼らもまた総じて求めた故に、私はそれに応じて望むものを与えただけだ」
度数の高い酒だが、それを一気に呷ってなおケロッとした表情のままムウは続ける。
「強さを求めた者には硬き鎧を授けた。成長を求めた者には大きい器を与えた。人を導くカリスマを求めた者には、それを可能とする精神力をもたらした」
「つまり、彼らは自らが望んであの姿になったと」
「然り。彼ら自身が『そう在れかし』と望んだからこそ、彼らはあの姿を獲得できたのだ」
「取捨選択、か」
「それを踏まえた上で、あの【ヴァルゴ】に関しては突出したものがある」
空になったグラスに再び酒が注がれる。相手にも注ごうかとボトルを向けるが、同盟者の男は断る仕草をした。
「彼女は今配備されている前期型で、唯一私が『施術』を手掛けた。彼女の望むものを授けるには、私ほどの腕を持つ者でないと務まらなかった。何せ、全身そっくり丸ごと改造したのはゾディアークで彼女だけだからね」
難産だったよ、と語るその表情はどこか誇らしげであり、自らが成し遂げた偉業に陶酔しているようでもあった。同盟者の方も、アルコールが回っていつにも増して饒舌なその様子を黙して見つめ、その先を無言で促す。
「結果は成功。彼女は求めてやまなかった姿を手に入れ、望みを叶える力を得た。彼女は見事に理想を実現できたというわけだ」
「問うが、それによって彼女は幸福を得たか?」
「それは私の関与するところではない。私は彼女の望むものを与えただけであって、それを用いた結果どうなるかは与り知らぬことだ。吉と出るか凶と出るかは、彼女次第さ」
「そうか。あくまで己の成果にしか斟酌しないと」
「いやいや、私とてそこまで薄情ではない。現に彼女には悪いことをしたと思っているんだよ。ついつい興が乗りすぎて、成功“しすぎて”しまったからな」
その言葉がどんな有様を示唆するものであるのか、知り得るのはこの二人以外には存在しない。
その結果が彼女にどんな末路をもたらすのか、この二人は余すことなく知っている。
「総計施術時間は68時間を越えた。施術計画の草案を練った期間も合わせれば、実に充実した時間を過ごせたと言えるだろう。連日連夜、どのようにすれば彼女を理想の姿に変えられるか。どんな『素材』を用いればそれが可能か。議論は百出、尽きることを知らず白熱し、我々は持てる知恵の全てを出し切った」
「結果は満足か」
「ああ、満足だとも。我々も、そして彼女自身も。我々は自らの理論が正しかったことを証明し、彼女は求めて止まなかった『美しさ』を手に入れた。軍も常では望めない新戦力を得た。三方良しとはまさにこの事、誰も損をしない理想の結末さ」
二度目の酒をストレートで飲み干し、再び空になったグラスを、男性としては有るまじき蠱惑的な目で見つめながら彼は言う。
「美しさを求めた者には、汚濁を洗い流す清らかさを付け加えた」
「その代償が遠からぬ未来に待つ破滅だとしても、それもまた彼女自身が望んだ事なのだ」
「皆さん、無事ですか?」
魔術の炎は厄介だ。木々や燃料の燃焼現象とは異なり、術式に込められた魔力が尽きるか、狙った対象が完全に焼却されるまで燃え続ける。対抗するには相反する術をぶつけるか、その勢いを上回る量の水を用意するしかない。
【アクエリウス】は特に何もしなかった。
特別なことは何もせず、ただ「いつもと同じように」、魔力の流れを根こそぎ“削り”取った。
いくら高度な術式が込められていようとも、駆動させる燃料たる魔力を欠けば絵に描いた餅。術式は虚空に霧散し、果たして三人の超人は無傷で陽炎の中より姿を現した。
「とにかく、まずはここを離れましょう。あんなものが五発も六発も撃ち込まれたら、さすがに『食べ』きれません」
あれだけの規模の術がそう何発も連続して来るとは考え難いが、用心に越したことはない。あらゆる物が燃焼して灰となった街の一角を、まだ黒煙が晴れぬ内に三人の超人はそこより離脱した。
【ヴァルゴ】は、軽かった。比喩ではない、本当に軽いのだ。
いかに彼女が古代粘水種の力を再現した超人とは言え、その上限は確かに存在する。今の彼女は短時間で膨張し、その後一気に焼却されてしまったことで体積の大部分が蒸発してしま
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