ある男の話をしよう。
国の首都から距離を置いた田舎町、特別裕福でも路頭に迷うような貧乏でもなく、平凡などこにでもいるごく普通の人間の一家に男は生まれた。
上に二人の兄が居て、長男と次男は二歳違い、次男と三男は十歳も離れていた。歳の離れた兄弟姉妹など珍しくはない。それこそもっと田舎の農村に行けばいくらでもいるし、後妻を娶ったところなら二十歳違いという家族もいる。
家は大工をしており、御殿を立てるような大層な仕事はなかったが、堅実な仕事ぶりが町の人々から信頼を得ている生粋の職人気質な父だった。だから当然男が生まれればその内の誰かが家業を継ぎ、その可能性が一番高かったのが長男だった。
しかし、ここで一家にとって嬉しい誤算があった。家業以外には学が無い両親から生まれたその長男は、当時町に住む誰も敵わないほどの頭脳を持って生まれた。大きな学校や図書館の無かった田舎町に育ちながら、旅の商人や学者、知識人などを捕まえては積極的に知識を吸収し、砂地に水がの勢いで学習する彼を誰もが神童と持て囃した。
まさにトンビがタカを生んだ故事通りに育った長男を両親も誇り、田舎で埋もれさせるのは惜しいと知り合いや伝手を頼って長男を少し大きな街の学校に入れることにした。恐らく家業を継ぐことは無いだろうが、それでよかった。高名な学者になり世の為人の為に役に立てよと、気前よく彼を送り出した。
次に白羽の矢が立ったのが次男だ。頭の良い兄に負けじと家業を継ぐために修行を重ね、実の父の弟子として様々な現場に同行した。土の掘り方、石の積み上げ方、木の切り方、図面の書き方……家造りに必要な知識と経験を体に覚え込ませていった。兄に代わりいずれは彼が……そう誰もが思っていた。
ところがその次男にも転機が訪れた。ある家の修繕でいつものように父に同行した際、そこで依頼主の家族と会う機会があった。相手は両親と娘の三人家族、娘の年齢は奇しくも次男と同じで……二人は一目で互いに恋に落ちた。片や地元の名士の一人娘、片や代々田舎町でしがない家業の見習い次男、どこをどうすれば通じ合うものがあったのかは謎だが、紆余曲折の後に二人は思いを通じ合せ想い人同士になった。
ゆくゆくは結婚するのは確実というところまできたが、そうなると格式高い娘の家に次男が婿養子として行くことになる。当然跡取りが欲しい父親は渋ったが、息子の幸せを一番に思えばと、やはりそれを呑んだ。結婚式は町を上げて盛大に行われ、身分違いのラブロマンスはしばらくの間語り草になった。
かくして、トンビの両親が分不相応なタカを二人も生むという奇跡が、とある国の田舎町で本当にあった。町一番の秀才は才能を伸ばすべく街へ行き、良縁に恵まれた次男は美しい妻と共に生活、絵に描いたような実におとぎ話のようなストーリーである。
だがこのお話の主人公は彼らではない。
最初の兄から十二も離れて生まれた三男。神童、良縁に続いてやっと得られた跡取り息子にして、唯一普通に生まれた存在。
男は平凡な人間だった。裕福でも貧乏でもなく、飛び抜けた善人でも悪人でもない、大工と町娘の間の生まれにどこまでも分相応な、平々凡々なだけの人間。二人の兄が家を出る時には喜んで手を振り、皆と同じように祝福して送り出し、兄弟として恥じることのない立派な大工になることを幼心に決意していた。
鎚を振り、木を削り、石を整え、家を建てる。連綿と続く大工の基礎を学び始めた時、男は兄二人より家業の習得に熱意を持って接していた。もうすぐ弟子から助手になれるぐらいにまで成長していた次男に代わるように、男は日々を大工として家造りの技術を学ぶのに費やした。
暑い夏は汗を垂らし全身の水分を犠牲にし、寒い冬はかじかむ手が釘にくっ付いてしまう恐怖に耐え、体重の何倍もある石を運ぶ為に季節を問わず体も鍛えた。老いる父を安心させるために技術を覚え、自分の為に日々の生活を支えてくれる母を楽させようと体力を付けた。男は兄二人に負けないくらい、いや二人よりもずっと親思いの息子に育って行った。
男がかつての次男と同じ年齢に達する十年後、国の情勢が一家に影を落とした。長年続いていた隣国との緊張が遂に限界にまで達し、このままでは将来必ずや二国間で戦争が勃発するという時代になった。
来たる戦に備え国が打ち出した政策は、全国の一定の年齢に達した男子を訓練により兵士にさせる徴兵令だった。国家存亡の危機に瀕するかもしれないことを思えば反対する政治家はおらず、国が決めたことに反抗する国民に至っては皆無だった。誰もが皆諦めにも似た感情で現状を受け入れ、一人、また一人と軍への入隊を余儀なくされた。
唯一、家の跡目を継ぐ者は兵役を免除された。その他にも既に公的な機関に属していたり重
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