ベストセラー、というものがある。
言葉それ自体は後世の人間が生み出したものだが、その概念や該当する事柄については古くからあった。爆発的な売り上げを見せた商品、あるいは現象そのものを指し、主に書籍に対して使われることになる。
「この世界」にも、ベストセラーと認められた書籍が幾つかある。教国が開発した活版技術の普及で書物の量産が大幅に進歩し、人々が昔より文字や書に触れる機会が多くなった事が大きな要因だ。
まず第一に、主神教が発行している経典の類。影響を失いつつあるとはいえ、人類世界最大の組織である教団は常にこれらの書物を発行し続けており、反魔・親魔を問わず道徳教育や精神修養のために愛読する者は世界中に存在する。
第二に、『魔物娘図鑑』。とある放浪の魔物学者が世界中を渡り歩きながら、各地で出会った魔物娘の容姿や生態に至るまでを事細かに記した書物であり、今や世界中で知らない者はいないビッグタイトルだ。
図鑑という体裁を取りながら、世界各地での旅を仔細に書き記した紀行としての側面もあり、単なる「学者が書いた堅苦しい報告書」とは違う辺りが高い人気を博した理由の一つだ。
そして、最近ではこれら二つに迫る勢いで人気を集めつつある、ある一つのシリーズがあった。
それが『比翼連理紀行』。とある男の戦いの記録を描いた冒険小説。
ストーリーは至ってシンプル。主人公である男が旅の途中で出くわす敵を片端から薙ぎ倒し、最後には去っていく……噛み砕けば、それだけの筋書きだ。しかし、あらゆる困難を小細工を弄さず真正面から撃破していくその姿は多くの人間に宿る克己心を刺激し、痛快な話運びも相まって多くの読者を得るに至った。
また、ストーリー自体は簡潔だが、作中で描かれる人物像が「これまでにない斬新な」ことも相まって、人魔を問わず年々新たな読者を増やしつつある。曰く、冒険活劇であり、風刺であり、伝奇であり、ロマンスなのだという。
作者は不詳。翻訳や翻案を行った者の名は記されているが、原本を書いた人物については何故か秘されており、初回の刊行から時が経った今でも明らかにはなっていない。刊行速度も安定せず、僅か半月で次巻を出したこともあれば、後編を出すのに八年掛かったこともあるなど、とにかくその制作過程は謎に包まれている。
王魔界転覆を目論む聖遺物使徒との戦いを描いた、『王魔界動乱篇』
失われた神代の秘宝を求め未知なる新世界へと赴く、『西方新大陸篇』
謎の淫祠邪教の生き残りを追って未開の地を切り開く『南方異境篇』
“形無き狂気”を冠する古神を討つべく教団と手を組んだ、『異界邪神篇』
大きく分けて三つ、ないしは四つの長編を持ち、この他にも短編や掌編集、外伝を合わせれば十数編、約二十年にも及ぶ長大なスパンを有する大河ストーリーだ。これだけ重厚なストーリーを描き続けている作者を、読者はもちろん同じ物書きの間でも知る者は一人としていない。
ただ一つ、判明している事がある。
記念すべき第一巻には不詳の原作者が唯一寄せた「あとがき」があり、その中で作者はこう書き記しているのだ。
「これは事実を元に描いた物語である」、と。
それは架空の物語などではなく、あくまで実際にあった出来事を僅かながら脚色して創ったと、そう主張していた。後にも先にも原作者の発言はその一度きりだが、完全なフィクションとして捉えていた読者らに当然波紋を投げかけた。
そして、抱いて当然の疑問が湧き出る。
「物語が真実の一端を描くなら、この英雄は実在するのか?」、と。
千の敵を、万の困難を、幾億もの邪智を、己が力だけで粉砕し、己の意志だけを武器として振るい続ける……そんな男が、実在することになる。
それは何と恐ろしく……。
そして何とも頼もしいことだろう。
人々の意識はたった一人の無銘の英雄を認めた。ただ一人の英雄を信仰した。
空想し、夢想し、誰もが理想の英雄像を思い描いた。
それは希望。虐げられし者らを照らす光の化身。
しかし、それは弱者の都合でしかない。
崇め奉られる側も人間なれば、闘争に塗れた物語の因果は凄惨さを極める。
英雄とは、輝かしいモノに非ず。
その正体とは、「戦い続けなければならない」悲しき宿命を背負わされた運命の奴隷。
その事実を、少年……ユーリィはこの日、知ることになる。
外部の協力者がいることは知っていた。
そも、連邦ほどに肥大化した体制を突き崩すには内部から反逆したところで決定打にはならない。であれば、過去の大国興廃の例に漏れず内と外の両面から体制を攻撃する必要があった。
即ち内憂外患、外国勢力の意図的な誘致。売国という本来国を守る意味をまる
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