初めて、自分の肉体を「改造」した瞬間のことを今でも覚えている。
地獄、という概念を我が身を以て理解した。
皮を剥がれ、指を裁断され、肉を焼かれ、骨を焦がされ、臓腑を刻まれ、頭蓋を砕かれ、脳髄を溶かされる。
およそこの世に存在する、あるいは存在しない苦痛さえもがこの全身を責め尽くした。余人がこれを知らずに受ければ、最初の心臓への圧迫を感じて気を失い、続く脳髄への電撃にも似たショックでそのまま命を落とすだろう。知っていたはずの自分でさえ、心を折られなかったのは奇跡としか言いようが無かった。それだけの、苦痛の連続だった。
何秒も、何分も、何時間も、何日も何週間も何ヵ月も、そして何年も、痛みは肉体を攻撃し続けた。
今もそうだ。埋め込まれた「欠片」は、今なお己の肉体を作り替え続けている。最初の施術から時が経った今でさえ、隙あらばこの命を削り取ろうとしている。この身はいつ迫るとも知れない襲撃に一時も気を緩めることが許されていないのだ。
そしてそれに打ち克ったからこそ、今の己は「この力」を使いこなせるようになった。痛みに耐え、克服し、屈服させたからこそ己は勝利者としてここに在る。
敗北が許されないのではない。己は既に「勝っている」のだから、「負けるはずがない」のだ。
試合終了の鐘は鳴りスコアは集計されている。スクランブルエッグが元の生卵に戻らないのと同じことだ。
勝利そのものである己はもはや敗北しない、する道理が無い。故に己は負けないのだ。
それが、かつての名を捨て『金牛宮』の名を冠した己の、唯一の自負だった。
顔に冷たい感触を覚えた後、急速に意識が浮上した【タウロス】がまず最初に見たのは、自分を見下ろす見知った顔だった。
「あ、起きた」
かざされた指の間から覗くのは、風に揺られる長い髪と【ヴァルゴ】の顔。酔っ払いでもあるまいに、気付けとばかりに放たれた水はかなり冷たかった。
とりあえず体勢を立て直そうと、天地が逆転した我が身を起こす。
「うっ……!! げぇえああああっ!!!」
その瞬間にせり上がる胃の律動を感じ、大量の血反吐を足元に広げた。遅れてやって来た腹部の激痛から察するに、内臓のいくつかが破裂寸前のダメージを負っていると理解した。気絶している間に塞がったようだが、胃の腑を満たした血が起き上がった拍子に吐き出されたのだろう。
「大丈夫?」
「これが元気溌剌に見えんのなら、まずはてめえが病院に行けや」
二度三度、残った血塊を吐き出して、ようやく【タウロス】は立ち上がった。それでもよろけながらであり、【ヴァルゴ】に肩を借りてようやっとという状態だ。
周囲の光景は、壊滅的、という言葉がこれ以上ないほど似合っていた。
「おい、教えろ。俺は、どれだけ吹っ飛ばされた?」
視線の先に見えるのは大地に刻み込まれた破壊痕。巨大な車輪、もしくは直径が建物ほどの鉄球でも転がったように破壊の轍は彼方まで続き、もはやその起点すら確認できないほどであった。確実に地平線の向こう側、距離にしてちょうど一里は飛ばされたことになる。
衝撃で揉み消されそうな記憶を手繰り寄せ、自分が腹部を殴られたことを思い出す。粉微塵に吹き飛んだ服は腹の部分に大穴を開け、大陸人特有の白い肌に内出血の青痣が浮かび上がっていた。
超人だからこの程度で済んだ。常人なら当たった瞬間に砕け散る。大地を削りながら一里も進ませるその力なら、当たり所によっては天高く飛翔させられていただろう。
「どういうこと?」
「何がだよ」
「とぼけないで。『鎧』はどうしたの? あれを使っていたらそんなダメージは……あなた、まさか?」
「油断したと? この俺が? そう言いてえんだな」
逆鱗に触れたかと一瞬身構えるが、【ヴァルゴ】が予想したような事態には至らなかった。確かに怒りと不快感で顔を顰めてはいるものの、血が滲むほど握られた拳は振り上げられることはなかった。それはつまり、【ヴァルゴ】の指摘があまりにも図星すぎたという証左だ。
「このことは、【アリエス】に報告するのか?」
「それだけど、ちょっとマズい事が起きてる」
ここでようやく二人は、中央に留まった【アリエス】との連絡網に異常があることを認識した。密入国者の追跡も、何者かが通信石に割り込みを仕掛けて送り込んだ偽の命令だったのだ。
「俺らを分断するためか。糞がっ、ナメくさりやがって」
「一旦、中央に戻る。通信に割り込まれたままじゃ、距離を置いて行動するのは危険」
「そうかい」
「予定も多分変更される。ドクタルの合流と後期型のロールアウトまで完全待機。中央に身を置いているゾディアークは非常時として陸軍指揮下に組み込まれ
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