キートムィースには一つの伝説がある。
かつてこの岬の沖には島があった。だがある時、七日七晩に渡って続いた地震の後、その島は人知れず海中に没したという。
滑稽至極、荒唐無稽な噂話だ。そも地震が衰えず七日間も途切れなく連続して発生する事など無いし、島一つが没するほどのものが起きていれば岬の村どころか、大陸の国が壊滅する大惨事だ。現にキートムィースは健在であり、過去何らかの「自然災害」によって大量の死者を出したという記録も無い。
明らかに風説や流言飛語、後の世でいうところの都市伝説の類。しかし、キートムィースの伝説がそれらの噂話とは一線を画す部分が一ヵ所存在している。
公式の記録では、二十年前までは確かに島が「あった」のだ。
およそ十年ごとに連邦全土で行われる地理調査、それにより作成された資料が示すところによれば確かに二十年前には島が実在しており、岬に昔から住む住人もまたその存在を証言していた。公式の記録にも残されていた歴とした孤島だったのである。
しかし、現実に島はもう無い。殺人的厳冬ゆえに潜水調査は不可能だが、もはや洋上にその痕跡を確認することは出来ない。消失した島の存在を誰もが忘れ、時代の流れと世代交代の末にその事実すら忘却されていった。
興味深い証言はまだある。
島が消えた瞬間を目撃した者はいない。だが、島の消失と前後して断続的な地表の揺れが岬にて発生した。国土調査員が正式に観測した訳ではないが、やはり当時の住人が口をそろえてそう証言しており、その揺れが収まった後に島は煙のように消えたという。
更に、その揺れが発生する数日前、岬の村に旅人が訪ねて来たという。その旅人は村に着くなり小舟を借り、流氷満ちる北海へと漕ぎ出したと。その行き先には例の島があった。旅人の存在と地震、そして島の消失という一連の事件が繋がっているのかどうかは不明のままだ。
島の消失後、その姿を見た者はいない。
二人の超人が街の地下で抵抗勢力を潰している最中、【アリエス】と【アクエリウス】の二人は中央管区のとある一室に出頭していた。ゲオルギア連邦陸上軍・中央管区指令室、そのすぐ近くに設けられた応接室だ。
「同志中将閣下におかれましては、ご健勝かつ益々のご清栄、まことに喜ばしく。招集命令により超人兵科『ゾディアーク』、【アリエス】参じました!」
「同じく【アクエリウス】、参じました!」
「うむ。長きに渡る調練、ご苦労。まずは掛けたまえ。楽にするといい」
上質な生地を使った軍服を身に着け、胸元には軍のトップ、その一人であることを示すバッジが朝日を受けて輝いていた。
「さて……まずは、つい昨日の分室襲撃の件だ。回収された遺体に対し更なる検証と、二重三重にも及ぶ確認作業を行った結果、やはり【リブラ】の遺体であることが確定的となった」
「そうですか」
「中央での蜂起を許したという事実、そして貴重な新戦力をこんな早期で失ってしまった事に対し、いずれ各担当部署は詰め腹を切るだろう。無論、その累は私にも及ぶ。諸君には現場の杜撰な警戒体制と、私自身の不徳が招いたこの事態をまずは謝罪したい」
「閣下ほどの方が……」
「階級は関係ない。むしろこの不始末に対してはトップである私こそが、率先して責任を取る立場にある。現に反体制勢力の炙り出しすら満足に出来ていなかった訳だからな。私はその整理に追われる事になるが、その前に……」
傍に控えていた副官が進み出て、まとめられた紙の束を【アリエス】の前に差し出す。表紙には簡素に調査書類と銘打たれ、そのナンバリングと許可のない持ち出しと写しを拒む「極秘」の印が押されていた。
「これは【リブラ】及び分室がまとめていた、『白鯨』に対する観測記録と、その調査資料になる」
二人は揃って息を呑んだ。分室の襲撃により大半の資料は失われたと思われていたが、ゾディアークの活動に必要な物に関してはより管理の徹底した中央管区の資料室に保管されていたのだ。
本来なら今日この日、合流を果たした【リブラ】自身の手でこの資料は各人に渡されるはずだった。恐らく現状において敵を最もよく知っている者が【リブラ】だけだ。残りの四名は、暫定隊長の【アリエス】ですら敵を、『白鯨』が如何なる存在なのか全く知らない。
そう、誰も知らないのだ。戦うべき相手の事をその名以外なにも知らない。
「拝見しても?」
「その前に、君は『白鯨』という存在に対しどんなイメージを持っている?」
「イメージ、ですか?」
「そうだ。人を超えた存在、“超人”……その最先端、第三世代超人兵科『ゾディアーク』。旧い人間など足元にも及ばない新人類。単独で一個小隊にも匹敵する戦力。そんな諸君が、十二人
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