第1話 超人兵士【ゾディアーク】

 「『白鯨』。それが諸君が倒すべき敵の名だ」

 某所に構えられたホール。その中央にて一人の軍人が告げる。言葉は空間を反響して響き渡り、オペラ歌手でもないのにその声は隅々まで届いた。

 「諸君の最終目標は『白鯨』の迎撃、及び討伐だ。捕獲でも、撃退でもない。討伐だ。駆除と言い換えてもいい」

 しかし、訓示を聞かされる兵士の数はあまりにも少なかった。ホール一つを丸ごと貸し切ってまで訓示を行うには到底及ばない人数。壇上で手を後ろに組み足を肩幅に開いて「休め」の体勢を取る兵士の数は、四人のみ。小隊規模の人数しかここにはいない。

 「目標の我が領内への到達予想時間はおよそ七十二時間。諸君に課せられた任務は、その限られた時間内に目標を発見し、迎撃。これを討伐することにある。何か質問は」

 「はい」

 「許可する」

 上官の許可を得て、それまで傾注の姿勢だった兵士の一人が質問する。

 「その七十二時間は、確かな情報なんですか?」

 「それについては【リブラ】の観測結果に基づいている。何ら問題はない」

 「【リブラ】ぁ……?」

 上官の返答に対し、質問した者とは違う兵士が怪訝そうな声を上げる。許可されていない発言に上官及び周囲の兵士らから批難がましい視線が向けられるが、当の発言者はそんな事は露とも気にしていないようだった。明らかな仮名、コードネームで呼ばれたその【リブラ】なる人物に対し不信感のような物を抱いているのは確かだ。

 「栄えある国家戦略情報室サマも落ちぶれたもんだ。戦場の眼も今は昔、あんな胡散臭い輩に実権を渡した上にその口車に乗せられるなんてな」

 「口を慎み給え、【タウロス】。その“胡散臭い”者のおかげで、貴官含む諸君の『ロールアウト』が予定より早まったのも事実だ。彼には信用に値するだけの実績がある」

 「実績ねぇ。そんな出来た野郎が、なんでまた折角の訓示をサボタージュなんかしてんだろうねぇ」

 「貴官が言うところの、“落ちぶれた”戦略情報室が彼の持ち場だからだ。彼には彼の任務があり、貴官には貴官の任務がある。既に『後期型』もロールアウトを目前に控え、現在は最終調整段階だ。間もなく諸君と轡を並べる時も来るだろう」

 「それまでに私たちが『白鯨』を討てれば、後輩たちはお役御免ってこと?」

 二人目の発言者は、召集された面々で唯一の女性。腰まで届きそうな長髪を束ね、僅かに首を振るだけでもその先が揺れ動く。

 「その意気だ、【ヴァルゴ】。だがあくまで『白鯨』の討伐は足掛かり、諸君にはその後も引き続き我が軍の先鋒として従事してもらう。ゆくゆくは、来たる南下侵攻作戦においても旗印となって奮迅の活躍を期待するものだ」

 「要は戦意高揚のアイドルにしようって事だ」

 「否定はしない。だが今回の任務は諸君にとっては良き試金石となるだろう」

 「お任せください。必ずや同志の期待に応えてご覧に入れます」

 リーダー格らしき兵士が気を付けの姿勢となって上官の前に一歩進み出る。そして軍規に記されているようなぐらいにきっちり綺麗な敬礼の後、下された特務を拝命する旨をここに宣誓する。



 「我ら“超人”小隊・ゾディアークは、真の革命の礎にならんことを誓います」





 後世に曰く、大陸の革新的技術の多くは連邦によりもたらされたと言う。

 大陸の国の必然として、多くの国々は拡大や縮小、あるいは離合集散を繰り返す。その過程でそれまで別々の国やコミュニティで培われていたものが流出や流入を繰り返し、その結果サラダボウルのように新たなモノを作り上げる。

 アルカーヌムがそれにより「文化」を発展させたのに対し、ゲオルギアは「技術」を進歩させた。これからの時代を生き抜くのに必要なのは大衆文化による娯楽でも、宗教による堅苦しい信仰でもなく、堅実な積み重ねによって得られる技術なのだと言いたいようだった。

 そして多くの技術とは得てして、戦時や軍事的な領域から生じることが多い。

 「超人」……それがゲオルギア連邦が生み出した禁断の技術、その内のひとつだ。

 読んで字の如し、「人」を「超え」た人間を創り出し、それを兵士に仕立て上げる一連のプロセス。連邦はこの革新技術を元に多くの超人兵士を生み出し、それらを実戦配備することで各国に対し軍事的アドバンテージを手に入れようとしていた。

 それらの技術は周辺国との関係改善を境に全てが破棄された。一説には、その「製造方法」があまりにも人道を外れたものであり、内容が各国の知るところとなれば国際的な批難を受けると危惧した上層部が意図的に消去したと噂されている。

 だが厳然たる事実として連邦の歴史にあって超人は確かに存在し、彼らの多くは次世代の兵士としてその活躍を大いに期待されていた
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