第十一幕 星と世界:前編

 『星と世界 〜あるいは始まりと次に続く物語〜』










 アルカーヌム連合王国。諸侯が集うことで一大勢力へと成長を遂げた大陸の雄。多種族、多民族、多言語に多宗教、国家を構成する要素一つとって見ても多種多様に入り乱れ複雑な紋様を描く。

 全人口およそ二千万人。その内の約三割から四割が魔物娘であり、その伴侶となったインキュバスを含めれば比率は反転する。明緑魔界に属する故の豊富な物産を利用しての貿易が主な収入源で、隣国・サンミゲル公国との金融取引を含めれば大陸でも有数の裕福な国家としてその地位を確立している。更に隣接する国家にあのレスカティエを抱えながら建国当初からの親魔物領として知られ、昔から魔物娘とそれを愛する伴侶からはユートピアの如く語り継がれてきた西に置ける人魔の楽園でもある。

 国の中枢は諸侯を束ねる王室を頂点に、外交や経済を含む内政を選挙により選出された貴族が執り行うという珍しい政治体制を有する。後の民主主義の始まりとも言われているが、この時代は未だ政治は選ばれた一部の人民にのみ許された分野であり、政が国民主権に開放されるには更に二百年ほどの時間を要する。

 閑話休題。とにかくアルカーヌムという国は「それなりに」大国であるという認識を持ってもらえれば問題ない。後に西方大砂漠の古代王朝ネベウ・ホルアクティとの国交樹立、長く冷戦状態にあったゲオルギア共和人民連邦と停戦からの技術提供などを通じ周辺諸国との関係を重視、以後更なる成長を遂げ大陸情勢を牽引するまでの存在になる。西方世界における文化の発信地であり経済の中心地、それが後世の歴史学者及びその後身となる国家「アルカナ連合共和国」に生きる者らの共通認識となっている。

 とは言え、それらはまだ先の話。具体的には主神と魔王の決戦の後、「更に三百年ぐらい」後のこと。今はまだ過去。この国がまだ二人の王位継承者が政争の末に病没し、その混乱から立ち直ろうとしている十年の幕間の出来事。

 これは、賢王と称えられる七代目が迎えられるよりも……。

 砂漠の女帝が五千年の眠りから醒めるよりも……。

 極寒の竜尾山脈で姉妹が死闘に決着をつけるよりも……。

 遥か東の地で三人の『英雄』が発掘されるよりも……。

 当然、旧き世界を終わらせる悪魔が復活を遂げるよりも……。

 更に過去の物語である。





 人種と魔物の坩堝、アルカーヌムには様々な職業が渦巻いている。衣食住を賄う分野でさえ多種多様に存在し、王都の食事処だけでも大小併せて百は下らない。更にそれらの経営を維持する為に産業や工業も自然と発達し、国民の労働によって生み出される国力の大半はこの王都を初めとする各地の主要な都市によって賄われている。もし何らかの理由で王都の機能がダウンすれば、それだけで王国の政治的・経済的なパワーは失速の憂き目を見る。過去にあった『七人事件』がまさにそれであり、以来王国は外交上は穏健的な態度を保ちつつ外敵からの干渉を常に警戒しながら世代交代を行ってきた。

 だが内憂外患の言葉の通り、国体を揺るがす事態は国内から、それもよりによって国家の舵取りを行うはずの王室が発端となって起きた。後世に『二頭六代の暗政』とまで伝えられる暗黒時代、二人の王位継承者による骨肉の政争により王国の政治は乱れ、その飛び火を受ける形で幾人もの有能な大臣及び主力貴族らが粛清の憂き目にあった。おかげで暗君二人が揃って没した今もなお政治は乱れたままであり、粛清を生き延びた宰相とその細君が切り盛りし、そして陰ながらに宮廷道化師がその一助となる事で辛うじて細糸に吊り下がったような状況が続いていた。次に新たな王を迎えるまで十年の歳月を要する事になろうとは、この時はまだ誰も予想できないことだった。

 しかし、そんな王室の台所事情など下々が逐一知っているわけではなく、民衆からしてみれば毎日のように貴族が処刑台に送られていた時こそが暗黒時代であり、今となっては彼らの生活は平和そのものだった。数少ない大臣らの血を吐く努力により保たれた平和、その上で彼らは日々の自由を今日も謳歌しているのだった。

 そしてこれは、そんな王都にて商いを営むとある会社から始まる物語だ。

 「失礼、失礼! 荷馬車が通るぞ! 馬車が通る! 急いでいるのだ、ごめんよ!」

 朝焼けの静寂に包まれた王都の街道を威勢のいい大声を張り上げながら一台の馬車が駆け抜けていく。接近を察知した行く手の人々はさっと道を空け、慣れた感じで衝突を避けた。そのすぐ背後からガラガラと音を立てる車輪が猛スピードで通過し、あっという間に王都を取り囲む城壁の方角へと消えていった。

 「ったく、相も変わらず元気なもんだねぇ。商人も昔ほどはいなくなっちまったってのに、あんなに元気よく
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