第九幕 二人の教皇:後編

 「全滅した、か」

 「そのようです」

 成果報告が無いどころか誰一人として帰ってこない事に業を煮やした城主が再び素破を放ってしばらくの後、その報告により派遣した部隊が丸ごと壊滅させられた事を知った。城主は例の如く病身であることも忘れて怒り狂い、家臣や小姓に当たり散らしながら寝室に引きこもってしまった。その喧騒を背後に伊良と百合井は城下の景色を眺めながら静かに機を計っていた。

 “伊良”と“百合井”はそれぞれ偽名。西方の外来人である彼らはジパングで活動するに当たり、通りの良い名を名乗っているに過ぎない。彼らの仕事も本来なら外交官の真似事などではなく、暗部に関わるもっと深い影の仕事が本分であり、曲がりなりにも表舞台にこうして姿を見せることが異常と言える部類の人間だ。

 「ここでの仕事も相当時間を食う羽目になりそうですね」

 「おれ達はただのメッセンジャーだ。あくまで陛下の意志を伝える伝令役に過ぎない。その結果このジパングという国がどう転ぼうと、それはおれの知った事ではない。陛下から仰せつかった仕事は果たされ、もうおれ達はここに居なくてもいい」

 領内に抱えた厄介の種を排除するために兵を動かしたいと願い出た藩主の要望を汲み、魔界の名代である自分達を介して幕府に許可を求めた。ここに来て予定外の仕事はそれだけであり、後はその厄介事とやらが排除された後に事業を開始するかを見届けてから二人の仕事は終わるはずだった。

 ところが、実際そうはなっていない。派遣された三十もの兵士は悉く返り討ちに合い、誰一人として敵の排除が適わなかったからだ。その事に老城主は怒りを露わにしているが、それと比べてこの二人は至極落ち着いた様子だった。それは傍観者であるが故の高みの見物でもあったが、それとは別の思惑を腹に抱えているからでもあった。

 「おれ達の『もう一つの仕事』は、意外と早く片付きそうだ。廃村に住み着いたとかいう件の不埒者……興味がある」

 「またですか。我が師よ、思い込みだけで行動されるのは如何なものかと」

 「今更だな。おれは直感だけでこれまでを渡り歩いてきた。博打と同じだ、結局のところ最後に物を言うのは理屈では言い表せない何かだ」

 「確かに悪い予感は当たると言いますけども……」

 「そういうことだ。この国には、『二度ある事は三度ある』という諺がある。おれは既に三度、これと同じ物を感じ取っている……なら四度目があっても不思議じゃない。いや、そうでなければ極東くんだりまで足を運んだ意味がない」

 百合井には分かっている、伊良は決して憶測推測だけでは物を言わないと。彼の発言は常に現状を冷静に、そして冷徹に見据えており、それらに対する発言全てに過分な脚色や偽りは存在しない。いつ如何なる時と場合でも彼は『本気』でしか行動を示すことはない。有言実行という言葉が服を着て歩き人語を喋っている、それが伊良という人間だ。

 その彼が、感じると言っている。「目で嗅ぎ」、「鼻で触れ」、「舌で聞き」、「耳で味わい」、「肌で視る」……五体の感覚全てに訴え掛ける力強い波動、それを放つ者の存在を山の向こうに感じ取っていた。それと同時に思い起こすのは、これと同じ波動を放っていたかつての強者たちの姿だ。

 「おれ達は今までに見てきた。“餓狼”……“怪人”……こいつらはその肉体が、その精神が、その在り方が、凡百の愚図とはズレた場所に存在している。今はまだ常人の範疇だがいずれ……いや、このまま研鑽を積めばその力は必ず別次元に届く。あいつらは戦乱と闘争からは無縁でいられない、否が応でも扱き鍛え磨き上げられる運命にある。そうして戦い、闘い、斗い続けて……乱世に現れる戦闘の頂点、一つの時代に代表される傑物を人々はこう呼ぶことになる」

 「それこそが、『英雄』……我々の探し求めるモノ」

 勇者が神による「選定」を経て成るモノならば、英雄とは運命による「淘汰」を乗り越えた存在だ。戦闘、破壊、殺戮の極まった世に現れて、ある者はそれを平定するため、またある者は更なる混乱への呼び水として同じ力を振るう。それがヒトの最強種として覚醒した者、神の意志の介在すら許さぬ人界が生み出した血と暴力と蹂躙の結晶体……それが、「英雄」と呼ばれるモノの正体。ある意味では勇者以上に希少かつ危険な存在でもある。

 「魔王陛下より仰せつかった『英雄探索』の任務もいよいよ大詰め。約束の数は……『五』。あと一人、あと一人見つけることが出来れば」

 「焦るな。おれ達は、ここで静かに見極めよう……山の向こうにいるあいつが、『五人目』であるかどうかを」

 座敷に腰を落ち着け、瓢箪の中の酒を飲む伊良の脳裏にはこれまでに出会った「英雄」達の姿を思い浮かべていた。それは隣の百合井も同じであったか、渡
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