『二人の教皇 〜あるいは流浪の破戒僧と囚われの龍姫のお話〜』
『今はっきりと分かった。お前は馬鹿だ。今まで多くの愚か者を見てきたが、お前はその中でも図抜けた大馬鹿者だ。
お前には芯が無い。お前には情熱がない。主義が、思想が、理念が、目標が、希望が……お前には“己”が無い。
そんなお前が誰かを守り、何かの役に立とうなどと、片腹痛い。空っぽの理想はただの妄想だと弁えろ、お前は何も守れない。
違うと吠えるのならば見せてみろ。今この場、この瞬間に限って、おれはお前の敵だ。
さあ、敵を討て。愛する者を守り通せ。それが出来たらその時は……お前を“英雄”と認めよう』
冒険小説『比翼連理紀行』・英雄の巻、第三章『臥龍の牙』文中より抜粋。
神州ジパングを遥か上空から見れば細長い島国であることが分かる。大小合わせて200前後、人が住んでいない無人島も合わせれば数千もの島から成り、周辺を海に囲まれた完全な海洋国家だ。長い国土は大陸と海洋の二つから流れる気団により様々な気候の変化がもたらされ、一年を通し美しい四季の風景を見せてくれる。
そんなジパングの某所。山深いところにある何某とかいう大名が治める領地があった。その領地のとある場所にある田舎の村……特に目立った工芸や特産もなく周囲を山に囲まれた盆地ゆえ冬には外界との接触がほとんど断たれてしまう、そんな深い田舎。そこには少し変わった者が住んでいた。
「ん、ふあぁ……」
「うむ、起きたか。そんなだらしのない欠伸をするな。ほら、朝食だ」
「ん……」
奥ゆかしいジパング家屋に住まうのは二人の男女。一人は奥の寝室から寝巻き姿のままで、いかにもついさっき起きましたとばかりに大きな欠伸をしながら出てきた少女。囲炉裏の前まで来ても頭は舟を漕いだまま夢現の様子だった。もう一人は男性で、見た目は恐らく三十手前。男でありながら台所で手ずから調理した朝食を、うつらうつらとうたた寝する少女の前に出していく。一汁一菜、見慣れたジパングの朝ご飯がそこにあった。
「ん、珍しいの。香の物があるな」
少女の口から飛び出す言葉は、幼さ残る見た目に似合わない老獪さ色濃い言葉遣い。まるで数十年も生きた老人のような年輪を持つ声音だが、同居人の方はそんな彼女との生活に慣れたのか今更何も気にしない。
「裏の畑で採った野菜を漬けてみた。口に合えばいいのだが」
「む……ん、うむ。美味じゃ。やたら漬けか?」
「昔、世話になった名のある寺で製法を教わった。福神漬けという。気に入ってくれたなら幸いだが、漬物ばかりでなくちゃんと腹に溜まるものも食べておけ」
「むぅ、たまには麦飯ではなく真っ白な炊きたてが欲しいのぅ」
「無茶を言うな。隣村の人から親切で分けてもらった物だ、文句を言えばバチが当たる。麦の臭いが嫌いなら吸い物でごまかすのだな」
「お前はわたしの母様か」
「台所を預かる身という意味でなら、今は私が君の後見人だ。いいからさっさと食べるんだ」
男に急かされるまま少女は箸を手に食事を進める。程よい柔らかさに炊けた飯を噛み締め、実に芋を使った味噌汁を一口啜りながら、今日も今日とて男の作る美味な朝食を堪能する。多少口うるさい事は否めないが少女はこの男を煙たがるようなことはせず、こうして我が家の台所を任せるという最大限の信頼を示していた。
「そう言えば……」
ふと、箸を止めた少女の視線が外を向く。外の光を取り入れる格子窓からは暖かな日が差し込み、ここ最近ずっと雲に隠れていた太陽を久しぶりに拝める。
「そろそろ雪解けの時期になるかの」
「もう、か。季節の巡りは早いものだ」
「歳を取ると時間が進むのが早くてかなわん。ついこの間までセミがうるさいと思っていたのに、あっいう間に雪が降り積もり、そしてもう春になろうとしている」
「時の流れとはそんなものだ。しかし……そうか、もう春か。ならそろそろ仕込みをしておかないとな」
食事のペースを上げた男はものの五分で全て平らげ、先に食器を片付けて外出の準備を始めた。物置小屋で何やらごそごそと漁り、雑多な物を出したり仕舞ったりを繰り返し一気に朝が騒々しくなる、
そんな彼とは対照的に、少女の方はゆっくりとマイペースに食事を楽しんでいた。
「お前はほんに忙しい奴だの。そこまで急がんでも良かろうものを」
「癖みたいなものでね、体を動かさないと逆に落ち着かないんだ」
「さよか。頼むから家だけは壊してくれるな」
「重々承知している、家主に迷惑は掛けないとも。では、行ってくる」
大きな葛篭を引っ張り出した男はそれを背負い、杖を片手に土間に降りる。引き戸を開けた先には
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