「やぁ〜、絶景かな絶景かな。神州一のお山は伝え聞く以上に大きいですなぁ」
邪仙との五度目の切り結びから数日後、浅之介は霊峰不二が見える宿場町、そこの一軒の茶屋で団子を食べながら眺めを楽しんでいた。浮世絵では青々とした峰と雪化粧の山頂で知られているが、この季節だと山頂付近に雲が掛かっているだけで茶色い巌のような山肌を浅之介たち宿場の旅人たちに見せつけていた。
歪んでいるとは言え、世間一般で言うところの風情や風流ぐらいは理解できる。前々から天下一の山を心ゆくまで眺めていたいと思っていた浅之介は、しばし自分に課せられた仕事の重要性も忘れて一時の物見遊山を楽しんでいた。
「えーっと、今手前がこの辺ということは、あちらさんは……もう結構先になりますか」
一般人より丈夫とは言え、追い掛ける相手が不眠不休で動ける不死者となれば完全に浅之介に分が悪い。相手の目的地が判明していなければ終わりの見えぬイタチごっこになるところだっただろう。
「それにしても、那須かぁ。那須……那須ねぇ」
呟くのは、任務を請けた際に神祇官より伝えられた邪仙の最終目的地。この地名を聞いてまず思い浮かべるのは、御伽噺にもなっている妖狐伝説だろう。時の帝を惑わし政を狂わせようと画策した九本の尾を持った大妖狐、それが追い詰められ封印された場所と伝えられている。当時の暦は西方で言うところの旧魔王時代に相当し、妖怪とはヒトを惑わし化かしそして喰らう天敵種であった。だからこそ、朝廷の妖狐伝説や都の鵺騒ぎ、大江の山の鬼退治など、当時の人間は自分たちより遥かに強い妖怪に立ち向かってでも生存の道を探らねばならなかった。
修祓師はそうした国難をもたらす怪異を狩り、国体を守護する役目を負っていた。新魔王の台頭で全ての魔物がヒトと友好的になり、仕事はもっぱら朝敵、もしくはそれに準ずる危険思想の持ち主を斬る仕事に変わっていった。種の保存は守られたが、代わりに妖を討つという英雄的行為は出来なくなり、人が人を討つ汚れ仕事が増えた事になる。
「まあ、その方が手前にとっては好都合なんですけども」
団子を食べ終わり二杯目の茶に手を付けながら、やはり浅之介はどこ吹く風だった。
やがて茶も飲み干し、旅の先を急ごうと席を立とうとする。だがそれを抑える者があった。
「そう急ぐ必要はない。五代目」
「おやぁ、どちらさんで?」
すぐ隣にどっかりと腰を落ち着けるのは、大きな籠を背負い全身にお守りや魔除けの人形らしき怪しげな物品で隠さんばかりに身に付けた謎の人物。頭を覆うように唐草模様の頭巾を目深に被り、さらりと流れる白い長髪に女かと思ったが嗄れた声は明らかに男性のそれだった。浅之介は自分の記憶にない相手から声を掛けられた事を訝しみながらも、相手の素性はすぐに思い当たった。
「この先、おまえが追っている相手は静かだ。こちらが確認した限りでは『増殖』はしていない」
「あぁ、ご同業でしたか。物見、ご苦労さまです」
現場の修祓師には任務達成を確実なものとするため、その行動を密かに補佐するサポート役が付けられる。彼らは任務外の修祓師と同じく市井の民や旅の芸人などに扮しながら情報を集め、任務遂行がスムーズになるよう運ぶ役目を持つ。また現場の状況を経過報告として神祇官に伝達したり、素行に問題がある者が担当の場合はその目付役も兼ねている。
「あ、おばさん。すいませんが、この人の分の団子とお茶お願いします。手前の奢りです」
「話に聞いていたほどの気狂いとは思えないな」
「そりゃ、昼日中に天下の往来でバッサリなんてしたら後々面倒ですし。と言うか、何ですその格好? まるでチンドン屋みたいですね」
「姿については触れるな。こちらとて好きでやっていない」
やがてすぐに団子を乗せた皿と湯呑が届き、補佐役がそれを口に運ぶ間少し無言の時が流れた。次にその沈黙を破ったのは浅之介の方だった。
「ちょっと、二つ三つ聞きたい事があるんですけども?」
「何だ?」
「いえね、不思議に思ったんですよね。何で神祇官は邪仙の目的地が那須だって分かってるんでしょうか?」
浅之介とて愚鈍ではない。下手をせずともジパングを揺るがすレベルの怪物、そんな相手に共も付けず単騎で立ち向かえという真意は理解できている。理解した上でこの仕事を請けたのだ、今更そこをとやかく言うつもりはない。
だが何故、今の今まで動向が掴めなかった敵が今になって発見され、あまつさえその行く先まで分かったのか。これがどうしても不思議だった。
「タレコミ、とだけ言っておく。邪仙が出現する場所、奴が神宮街道を通ること、それらは全てそのタレコミから得た情報だ」
「善意の第三者って事かね。まー、信用でき
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