第八幕 太陽と月:前編

 『太陽と月 〜あるいは大陸の邪仙と護国の鬼兵のお話〜』










 『なるほど、確かにこれは“虫”だ。こいつには何もない、伽藍堂の空洞、生きた金型。打てば響くがただそれだけ。

 獣のように利を欲するのでもなく。

 鳥のように高みを目指すのでもなく。

 草のように静寂を求めるのでもなく。

 魚のように自由を謳歌するわけでもない。

 “虫”は思わない。“虫”は考えない。“虫”は悩むこともせず、ただ這いずり回る。

 嗚呼ならばこそ、“虫”よ。生きるがいい、その果てに貴様の生の真価を見出すがいい』



 冒険小説『比翼連理紀行』・英雄の巻、第三章『白刃の月』文中より抜粋。










 ジパング。かつて東方を旅した商人が残した記録によれば、かの国はその国土の下に莫大な金銀財宝を有し、権力者が住まう宮殿から下々の民家に至るまで全てが黄金で作られた煌びやかな宝物の国であると書き記してある。

 まあ実際はかなりの誇張が含まれている。文中にある「黄金の家」なるものも、実際は時の権力者が己の権勢を誇示するために造らせたもので、米粒ほどの砂金を薄く引き延ばした膜を壁に貼り付けたものに過ぎない。なお、金色の寺院と有名な黄金の建物は定期的に金箔の張替えが行われているという。

 伝聞と実態が異なるというのは往々にしてあることだ。西方南方より多くの商人が黄金の国を見つけようと躍起になったが、ありもしない幻影をいくら探しても見つかるはずもなく、後に大航海時代を迎え少しすると東方黄金伝説は場末の風説として流されるようになっていった。

 しかし、ここ数世紀で再び東方に熱い視線が注がれるようになり、多くの商人や旅人が東の最果てを目指して一路極東を目指すようになった。

 新魔王の台頭によって世界の法則が変わり、全ての魔物は見目麗しい美女へと姿を変えた。それはこのジパングでも例外ではなかった。

 極東の島国は西方諸国には無い特殊な文化を築いていた。中でも多くの異邦人の興味を引いたのは、ジパング人の大半が魔物に対し恐れの心はあれど嫌悪はしていないという事だった。それどころか多くの種族が人間と生活圏を同じくし、新魔王が台頭する以前より人魔の共存が成功していた事を歴史から知った西方の者達は皆一様に驚愕を隠せなかった。

 古くより、万物には精霊が宿るとするヤオヨロズ信仰が主流のジパングでは、神と魔の区別は大差なく、力を持つ全てが平等に意志ある存在として扱われるという西方人にしてみれば実に不可思議な宗教観が根付いていた。その為、多くの魔物が古くから精霊や土着神として祀られていたりする光景に、多くの異邦人は深い感銘とカルチャーショックを受けた。

 「万物に神が宿る」という性質上、開国に応じ諸外国の人々を受け入れるようになってから、ジパングは地上で唯一人魔の境が無い国として一躍その名を轟かせた。海を越えひとつ西には人外魔境の霧の大陸があることもあって、二種族が平和的に暮らすジパングは新たな時代を迎えた人間と魔物にとってまさしくユートピアだった。

 しかして、人魔の楽園とされるこの国が何でもかんでも受け入れる寛容さばかりとは限らない。千数百年という現存するいかなる国々より古い歴史を持つこの国は、只のお人好しだけで保ってきたただ平和という国ではない。

 光射す所に闇があるように、極東の島国ジパングも古来より脅威に晒されつつあった。

 そして、影にあって影に生き、闇を払うことを生業とする闇夜の住人達もまた、この国には数多く存在していた。

 これは、楽園と称された島国で起きた怪奇なる事件、その裏側を追った物語である。

 「『人斬り権兵衛』、でございますか?」

 「へぇ。近頃、街道を騒がせてる物狂いの類でさ」

 燦々と日光が降り注ぐ、ここはジパングを縦断する街道がひとつ、その道中に設けられた茶屋。旅の者が多く行き来するこの往来には連日多くの客が訪れ、旅先で見聞きしたことや珍しい土産話を落としていってくれる。

 この日も茶屋を訪れた客同士の会話に上るのは、最近巷を騒がせる「殺人鬼」の話題だった。

 「今月に入ってもう四件目だ。奴さんが出て喜ぶのは読売(瓦版のこと)だけってな」

 「ご公儀は何をしているんやら。宿場町の人間が一夜で半分が斬り殺されるなんて、どう考えたって尋常じゃないだろうに」

 茶屋に集った旅人や飛脚の間で持ちきりの辻斬り、「人斬り権兵衛」とはその名の通り人斬りを行う連続殺人鬼のことだ。ジパングで最も人の往来が多いとされる、将軍座す首都から西へ伸びる五十五里の街道、ほぼ一里ごとに設けられた宿場町で一晩に十数人にも上る謎の死傷者が発見されるという事件が相次いで起こり、街道を通る多くの旅人はその脅威に晒されていた
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