第七幕 力と戦車:後編

 廃村の決闘から二年後、世の情勢はまるで変わらなかった。相変わらず地方は不作が続き、町の治安は悪化、官僚たちの腐敗は今なおもって何の改善もなされていなかった。地方を治める領主も領民に重税を強いて生活を苦しめ、上納をごまかし私腹を肥やすのが当たり前となっていた。

 一応、変わった事もあった。石を投げれば賊に当たるとまで言われていた大陸の現状を重く見た国々は、示し合わせたように治安強化の名目で各地に兵を投入、賊の取り締まりに大きく寄与した。盗賊は次第にその数を減らし、結果的に各地の治安は守られたかのように見えた。

 実態はより悪化していた事に気づけた者は少ない。

 確かに賊は減った。何百人も綱紀粛正の下に惨殺処刑され、それを見せしめとすることで後の抑止としたことは事実だ。だが賊が減り内患が排されるということは、次に国家の目は外を向く。即ち、これまで小康状態だった国家間での小競り合いが再び始まることを意味し、各国は裏で密かに軍備増強の策を練っていた。

 そこで国が目をつけたのが、本来粛清するべき盗賊たちだった。職に溢れ食い扶持を求めて賊となった彼らを私兵傭兵として抱えることで、訓練による時間の浪費を避けそれでいて精強な戦力獲得を狙ったのだ。

 この動きをいち早く察知した盗賊の一角が、リンシン率いる豺狗団だ。大規模な盗賊狩りが始まると一転して軍に味方して同業者を炙り出し、それらの貢献をもって団員全てが州兵の一派として正式に迎えられるという大快挙を成し遂げた。今や「豺狗隊」と名を改め、各地を哨戒する兵士としての役目を果たしていた。

 鯛は腐っても鯛、賊は着飾っても賊。しかし盗賊時代から厳格な掟で縛られていた豺狗隊は兵士に成り上がると同時に急激な方針転換を遂げ、同じ成り上がり兵士が権力を後ろ盾に暴虐の限りを尽くすのに対し、逆に彼らを取り締まる側に回った。そうして彼らは領内の有力者に名を売り、瞬く間に領主お抱えの私兵になるまでに急成長を果たしたのである。

 「流石は餓狼と呼ばれた男、手際が良いな」

 「礼には及ばんさ、領主様。それがオレらの仕事だ」

 この日もリンシン率いる隊は不穏分子の一斉征伐に赴き、見事にそれを成功に導いた。迅速かつ正確、その仕事ぶりには彼らを雇った地方領主ですら舌を巻くほどだった。

 「だが反体制派のアジトを炙り出すためだけに村一つを焼くとはな。容赦がないのはいいことだが、田畑まで焼くことはなかろう」

 「連中は日がな一日、土いじりをすることしか出来ない者たちだ。ただ追い払っただけでは戻ってくる、ぶち殺して間引いてもその内別の奴が同じことをする。だが飯の種を無くしちまえば話は別だ」

 「しかし、いたずらに田畑を焼けば税収が減る。その辺りの策はあるのか?」

 「心配すんなって、税なんてのは有るところから搾り取れば済む話だ。山の民からは米と薬草を、海の民からは魚と塩を、町の連中からは金を取ればいい。近く都で大規模な普請作業もあると耳にした、適当な若い連中を捕まえて労働力として献上すれば、帝の覚えも良くなるだろう」

 「田畑を焼かれ食うに困った下民どもは自ら進んで労働力となる、か。そこまで考えて……末恐ろしい男め」

 「カハハ! ではオレは早速課税の知らせをしてくる。連中の青褪める顔が楽しみだぜ」

 殴る蹴るばかりが武術ではないように、腕っ節の強さだけが力ではない。リンシンにとって力とは勝利すべき武器であり、彼にとって勝利とは己以外の全てが地に伏した光景こそを差す。方法や過程などどうでもいい、最終的にその結果さえ手に入れられるなら「他には何もいらない」のだ。

 師との二度目の衝突の際に彼が言い放った事、天を握ると豪語したその表明通りに全てはリンシンの思惑通りにことが進んでいた。

 「祭りだ祭りだ。肉山脯林、酒池肉林、栄枯盛衰……我が拳は既に天意に届いたり。クフフ、ハハハハ、アーッハッハッハハハハハハハ!!!」

 天は荒れ、地は乱れる。餓狼の夢見た世界は目前まで迫っていることを、この時はまだ誰も知らなかった。





 「…………」

 レイファは沈んでいた。二年前に二度目の敗北を喫して以来、いつも彼女は何か抜け落ちてしまったような表情をして遠くを見つめていた。何をするでもなく石段に腰を下ろし、遥か遠くの竹林を眺めながら溜息を吐くその姿は、とても梁山の一等星には見えないほど小さなものだった。

 武を止めたわけではない。敗北の日からも鍛錬は欠かさず行っている。だがそれだけだ。ただ拳を握り、ただ蹴りを繰り出し、ただ決まった型を取ってそのまま終わる。熱も無ければ身も入っていない、ただの木偶の坊と化していた。

 「だらしがないのう。それでも儂の跡を継ぎ長老となる者か」

 時折様子を見に来た
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