第七幕 力と戦車:前編

 『力と戦車 〜あるいは戦乱の風雲児と梁山の武人のお話〜』










 『力を示せ。貴様が真にこの地を統べるに相応しき器か、この眼でしかと確かめよう。

 我が求めるのは英雄だ。ただの戦士でも、加護を受けただけの勇者でもない。

 貴様が戦士なら敗北に沈め。勇者ならば神の走狗となれ。諸人ならばただ静かに生き、そして死ね。

 だが、もし貴様が自らの魂を燃やし、無窮の輝きを放つ真なる英雄であるのならば……。

 是非もなし、貴様の望みを叶えよう』



 冒険小説『比翼連理紀行』・英雄の巻、第二章『魔霧の狼』文中より抜粋。










 霧の大陸……そこは名の通り、霧に覆われた東方の大地。海流と気団がもたらす温度差と、大陸中に住み着いた魔物たちが発する濃厚な魔力がこの陸を覆う霧の源泉だ。年中を通し霧が包むこの地は古くより西側の人々から魔の地と恐れられ、その不気味さから西方の大国・レスカティエですら手を出せなかったほどだった。その結果、距離としてそれほど離れていないにも関わらず、大陸では独自の文化文明を生む土壌が形成されることとなった。

 まず一番の違いは、人魔の境が無いことにある。魔の地と恐れられていた大陸はその実、旧魔王時代より人と魔物が混在する真性の魔界であったのだ。大陸全土が魔界化して既に数千年の時が経過しており、古くより弱肉強食の理を今に受け継ぐ最後の魔境、それがこの地だ。ヒトの上位種として魔物が君臨した時代から、この地では東方特有のアニミズムと魔物を結び付け、単なる撃滅すべき絶対悪ではなく超常的な力を持った神仏修羅と同等のモノと見なすことで二種族は共存を可能とした。

 それは魔王の代替わりによって更に強固なものとなり、人魔一体となって統治される霧の大陸は西側列強の干渉を完全に遮断、その文化と文明、政治と宗教の一切を寄せ付けない事に成功した。陸を覆う霧は西と東の大陸を分断せしめ、ここに魔王とその娘達が思い描いた人魔の楽園を創造することとなった。

 だが、多くの人々と魔物の予想を裏切り、霧の大陸はその真逆を行った。即ち、安寧は訪れなかったのである。

 霧の大陸では元々、戦乱による国々の興亡が絶えなかった。古来より武を以て天に覇を唱え、力によって地を征服するという天下統一の野望を秘めた者が少なからず存在し、そうした者達が次々と台頭しては凋落を繰り返す歴史が続いていた。その戦乱は旧魔王時代から連綿と続いており、およそ2000年前に「始まりの皇帝」を名乗る男が天地を統べても、結局その死後に国は割れ、以降も力を持った勢力が皇帝・帝王・天子を名乗り戦乱の大義名分を得るという悪しき慣習だけが残った。

 戦乱を求める覇業は新たな魔王が台頭しても変わらないどころか、逆に加速していった。人魔が交わることでより強大な力を手にした、それまで支配や征服に興味すらなかったはずの武人と戦士ですら次々と名乗りを上げ、戦争は収束するどころか逆に拡大の一途を辿ったのである。

 西側列強は手を出さなかったのではない、「出せなかった」のだ。干渉した時に受ける飛び火が利益を大きく上回ると分かったからこそ、彼らは見に徹することを決めた。巻き起こったおびただしい戦火の光は大陸を覆っていた霧をも晴らし、秘められた大陸の全貌を明らかにした。炎と灰と残骸だけの陸地を目の当たりにした彼らは、以後この陸に興る国とは関わりを持たない決意を固めるに至ったのだ。

 こうして海外勢力の介入という横槍を未然に防いだ大陸は一切の懸念を抱かずに戦国の世へと突入していった。相も変わらず国同士は戦を繰り返し、ほんの数年から十数年の休息期間を経てまたそれを繰り返した。

 この世に現れた人外魔境、それが霧の大陸。

 故にこの地に生きる者の中には魔人の領域に片足を突っ込んでいる連中もいる。

 戦わなければ、強くなければ、力が無ければ生き残れないからこそ、生き残った血統は生物濃縮の如く自然と力を手にする。強ければ生き弱ければ死ぬ、自然淘汰の究極形、それが修羅の地たる魔霧の異境に満ちる弱肉強食の理であるが故に、強ければ突出して強く、弱ければ底辺を這いずるが如く弱い。

 もちろん、力ある者が常に戦乱を起こし弱者を虐げる側だったわけではない。中には仁義八行に通じる義侠たちの活躍もあって平穏がもたらされた時代もあった。だがこの地に生きる人間の気質がそうなっているのか、やはり平和は長く続かずすぐに逆戻りしてしまった。

 そうしたことが幾度か続いた後、賢明な彼らはいつまでも変わらない俗世に嫌気が差すと同時に、自分達がしていることの無意味さを悟って、人里離れた奥地へと身を隠すように移り住んだ。二度と騒乱とは関わりを持たずに済むようにと。

 それらの者達が最終的に身を寄せ集
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