王都の首切り役人、ジャック四世が盗賊に襲われた事件は瞬く間に街中を駆け巡った。『残虐な処刑人、凶刃に死す!?』という触れ込みで号外が出回り、首切り役人を襲った命知らずの盗賊たちの暗躍に人々は恐れ慄いた。誰もが恐れて止まない『ぶつ切りジャック』、それが不意討ちとは言え襲撃を受けたという事実に人々は言い知れぬ不安を覚えていた。
ジャック邸の被害は主に調度品を始めとする値打ち物が大半で、権利書や金貨などを入れた金庫など、持ち運びに不便な物品には全く手を付けていなかった。運べる物を運べるだけ、決して欲張らず、しかし最大限の利益を掻っ攫う。しかもそれらを十分という短時間でやってのける統率された動き。もはや盗賊というよりは軍隊、それもかなり密な訓練を施された連中だと推察された。
犯行も行きずりのそれではなく、ジャック邸が周囲の民家と隔絶された一種の無人地帯であることを事前に調査した上での行動と推察され、かなり用意周到に計画された犯行だと知らされた。
国家の冷酷な刃として名を馳せた処刑一族もとうとう年貢の納め時、市井の民は皆揃ってそう口にした。今まで刑場で必要以上に惨たらしい死を撒き散らした報いを受けたのだと。
だが、ジャックは生きていた。
「此度の一件、まことに災難であったな。本来なら病み上がりのそなたを斯様な場に呼び出すことは避けたかったのだが、そなたの無事を確認しておきたかった」
「ジャックの刃は王国の刃。首刈りしか能の無い我が一族を取り立ててくださった王室の召集に、何故拒むことがありましょうや」
頭に包帯を巻き、顔の左半分にガーゼを貼り付けたままの痛々しい姿ながらも、ジャックは生きていた。幸いにも五体は満足、ケガは見た目ほどの重傷ではなく、殴打された後頭部にも重大な障害等は残らなかった。歩く際に杖も要らず、レイナード三世の呼び出しにもこうして問題なく応じられている。
流石のジャックもこの国の支配者の前では普段の気狂いを慎み、玉座の前で恭しく跪いて謁見に臨んでいた。名役者顔負け、借りてきた猫という言葉も陳腐に落ちる変わり身の上手さだった。
「国家の威信に懸けてそなたを襲った賊を捕らえさせよう。その暁には法の裁きの下に必ずや報いを受けさせると誓おう」
「是非、刑の執行にはこのジャックめを……と、言いたいのですが、実は陛下にお願いの儀がございまして」
「許す、申してみよ」
「は。この度、ひと月ほどお暇をいただきたく」
「それはつまり、刑の執行そのものを停止すると?」
「手前勝手と分かっておりますが、屋敷があの有り様でありますれば、何卒お許し願いたく。それに……」
「ああ、存じておる。そなたの働きには目を見張るものがある。これを期に少し羽を伸ばすと良い。刑の執行はそれまで延期とする」
「ありがとうございます。では、これにて失礼をば」
最後まで調子を崩すことなく去って行くジャックの姿を玉座より見送るレイン王と、その傍らにて一部始終を見守っていた宰相。やがてジャックの姿が見えなくなると、口を開いたのは宰相の方だった。
「よろしかったのですか? 彼にこれほど長期の暇を与えてしまわれて」
「別にいいだろ。それに、オレはあんな猫被ったジャックなんぞ見たくない。さっさと本調子に戻って罪人をバッサバッサと切り殺す仕事に戻ってもらわないとな」
「陛下がジャックの熱烈なファンとは理解しておりましたが、そこまで肩入れするほどでは……」
「あいつの働きを考えれば、一ヶ月の休暇さえ短いほどだ。せめて心安らかに休暇を過ごせるよう、一刻も早く下手人を引っ捕えねばな」
王の臣下たる貴族を害されたとあっては王室の、ひいては国の名折れ。必ずや賊どもを全員引っ捕え八つ裂きにせんと、王は街の官憲や衛兵らに何としても生かしたままの確保を命じた。いつか復帰した死神がその首を刈り落とすことを期待して。
ジャックが受けた被害は、邸宅にあった物ばかりではなかった。その中には、もう何をどうしても取り返せないモノも含まれていたのだ。
「六十五……大往生じゃないか」
「そだね。長生きしたよねー、爺や」
ジャックの呼びかけに、主人の言葉に返事する老執事はもう居ない。ジャックの留守を預かっていた彼は襲撃時に賊の一人によって、無残にも切り捨てられその命を散らした。四十年も首切り一族に使えた老執事の、あっけない幕切れだった。
ジャックとローランの前には新しく建てられた墓石があり、妻も子も居なかった老執事の墓前には二人分の花しか供えられていなかった。
「あーあ、爺やのパスタが食べられないなんてなぁ。こんな事なら普段からもっと作ってくれるよう頼むんだったな。次の執事は誰を雇おうかな。ね
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