『節制の死神 〜あるいは献身的なメイドと首切り役人のお話〜』
この日、王都のとある広場は熱狂に覆われていた。いつも昼間には多くの人で賑わう場所だが、今日この日の広場は百や二百ではきかない大勢の人間でごった返し、石を敷き詰めた地面は噴水を残して全て人々の足で埋まっていた。
祭りではない。建国祭も王の生誕祭もとっくに終わっている。時期外れの今日に祝うべき祭事など無いはずだった。
なのに人々は拳を振り上げ歓声を上げている。その視線は皆一様に広場の一点を見つめており、そこには昨日の内に木材を組み合わせて建てられた舞台のような物があった。人が数人乗れる程度のスペースと四隅を支える脚、そしてそこまでの道となる十数段の階段というシンプルな作りだ。
これなるは祭壇、今から執り行われる狂気と猟奇の祭典、その中心となる台座である。
祭壇の背後に馬車が到着し、中から三人の男が出る。内二人はそれぞれ右手に槍を携え、左手には荒縄を持ち、その先に縛られ繋がれた三人目こそが今日の“祭り”の主役だった。両腕は胴もろともとぐろに縛られ、頭には汚れたずだ袋、塞がれた視界を刑吏二人に引かれて祭壇へと連れて行かれる。
階段を上りきり、袋を取り去り素顔が露わになった瞬間、民衆の興奮は最高潮に達した。歓喜とも怒号とも取れる歪な歓声は、広場のみならず一里四方に轟かんばかりの勢いに膨れ上がっていた。
ここは刑場。最も重い罪を犯せし罪人が、最後に辿り着く安息の地。今日この日、一人の罪人がここにその穢れた命を摘まれる。
興奮に沸く民衆の前に裁判を担当した判事と、これから行われる儀式を見届ける神父が進み出て罪状を読み上げる。
「これなるは悪逆の徒なり! 卑しくも金品欲しさに隣人の家に押し入り、強盗を企てた! その家の父を殺し、母を犯し、子らを切り刻み犬に食わせた者なり!!」
読み上げられる罪状に民衆の歓声は罵声に変わり、壇上の囚人に向かってゴミや石が投げつけられる。何人たりとも刑場を汚すことは許されないが、衛兵も神父も誰も咎めない。少なくともこの囚人はそれだけの事を仕出かしたのだから。
「よって今日この日、全ての神の名と法の下において、この男の死刑を執り行うものである!」
そしてその全ての報いを受ける日がやってきた。引っ立てられた男は表情こそ平静を装っているが、顔面は蒼白、額や鼻の頭からは脂汗が垂れ流れ、膝は今にも崩れそうなほど震えていた。刻一刻と迫りくる逃れ得ぬ死の恐怖に叫び声を上げないだけ、むしろ男の豪胆さを褒めるべきなのだろう。石を投げ付ける最前列の民衆に対し視線だけでそれを黙らせる姿は、悪党ここに極まれりと称される。
しかして、死はその歩調を緩めない。絶望という轡を付けた馬に乗った青白い騎士が、全ての命を残酷に収穫するために、今刑場へとその姿を現す。
コツ……。コツ……。
刑場の裏手から響く硬質な靴音。本来民衆の歓声にかき消されるはずのそれが、どういう訳か嫌に耳に響いてきて、それを耳にした者から順に口を噤み始めた。冷たい静寂は波のように民衆を包み、瞬く間に広場に集まった数百人は咳払いすら止めるに至った。そして、静寂に満ちた広場に響くのは足音だけではなかった。
「Je veux le sang, sang, sang, et sang」
それは異境の歌。聞きなれない言語、見慣れない文字、誰も知らない未知の旋律。だが唯一つ分かるのは、この歌声は決して生命を寿ぐ祝福の歌ではないということ。地上あらゆる命の輝きを暗く冷たい絶望の闇に蹴落とす、静謐にして残虐なる……“死”の通り歌。
「〜〜〜♪ フンフーン、ドゥビドゥバッダッダ〜♪」
これから人が死ぬ、これから人が殺される、そんな陰惨な現場には不似合いかつ場違いな陽気な鼻歌が、不気味な血の童謡から一転して刑場に響いた。奏でられるは死神の無伴奏、それを歌う者が壇上に上り詰めた時……。
「刑の執行は、王命において死刑執行人が執り行うものとする!!」
現れたのは“黒”。全身を黒一色に染め上げし、終わりを司る死の使い。その視線は木を枯らし、吐息は水を腐らせ、腕のひと振りは命を刈り取る……罪人を間引く為だけに存在する、この地上で最も汚らわしい業を背負った人間。
手に持つは長剣。鋭く研がれた刃を持つそれは、一刀の下に悪人の頚骨を切断せしめる一級品の剣。切っ先が丸くなっているのは、それが戦場で使うことを想定したものではないからだ。処刑人の刃に求められるのは華々しい武功ではなく、より迅速かつ速やかに罪人を駆除する機能のみだ。
鼻歌を歌い頭を大きく揺らし、その度に帽子も揺れ動く。刑場でダンスか何かのようにリズムを刻みながら現れたその男は、歯
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