第四幕 正義と審判:後編

 そもそもの根源は一体何だったのか。それを知るにはまずその過去から当たる必要がある。物事の根幹とは常に過去にあるもの、太古の遺物がすべからく地層に埋もれているように、過去の記録もまた人々の記憶の底より呼び覚ますものなのだ。

 誰しも生まれた瞬間は「おぎゃあ」と鳴いて生まれるもの。それは聖人君子でも、稀代の殺人鬼でも変わらない。時たま生まれながらの異常者も皆無ではないが、そんなのが極一部の稀な例に過ぎない。人は誰しも真っ当な人として生まれてくるのだ。

 つまり、音に聞こえた悪名高き両断判事にもそうした時期が確かに存在し、そこから現在に至るまでに経たはずの結節点、それこそがローランを歪ませた元凶であるとメティトは当たりをつけた。

 だが、そこまでだった。

 「足りない……あまりにも情報が足りない」

 調べて分かったのは、ローランは早くからその才覚を発揮し、飛び級に次ぐ飛び級により弱冠十二歳で王立高等法院の門を叩き、全課程を修了するのに四年から六年かかるところを、僅か二年半という驚異的なスピードでカリキュラムを修めた前代未聞の麒麟児という事だけだ。

 その後は五年間、武者修行のように様々な判事や裁判官の元へ赴き見識を広め、二十になって最年少判事となり現在に至る。彼の父が贈収賄の容疑で実刑を受け投獄されたのも、ちょうどこの時期だ。

 そんな事は記録を洗えば誰でも分かる。この場合知りたいのは、彼の強烈なまでの歪みが去来したその原因だ。少なくとも公的に見える部分ではそれが明らかにはならない、彼の歪みはあくまで私的なものでその半生に深く食い込むものであるはずだ。

 人が歪む要因など幾らでもある。そんな中でメティトが心当たりがあるのは……。

 「やはり、父親との確執なのか?」

 記録以外で分かるのは、あの商会会長が話した過去のみ。何か原因があるとすればそれを知っているのはあの人物をおいて他にはない。

 つまりあの会長はローランの過去を知った上で何かを隠している。彼が、我が孫とばかりに可愛がっているはずの男の事を……。

 だが知っているのであれば好都合、何としてでも問い質しローランの歪みを根治させるまで。

 ローランの中に眠る闇、あれは決してこの世に在ってはならないものだ。





 「キミには失望した。いやはや、ここまで私をがっかりさせた者はそうはいない」

 裁判の夜、蝋燭一本の明かりが灯る部屋でローランとメティトは相対していた。椅子に腰掛けたローランと、その前に立つメティト、傍目には出来の悪い学童を叱る教師といったところだが、事実これにはその意味合いが強かった。

 「私はあまり魔物娘と接点を持ったことはないが、アヌビスという種族は総じて冷静で知的で、理性ある行動を心がけると聞いていたのだが……そう言っていた相手がバカなのか、それとも私の聞き間違いか、キミはどう思うかな?」

 「己は間違ったことをしたとは思わない」

 「いっそ清々しいまでの開き直りだな。罪を犯すことは言うまでもなく悪だが、これを庇い立てする輩はそれに次ぐ悪性だと私は考える。今のキミのことだよ」

 「無辜の者に大罪を擦り付ける行為は悪ではないと? 正義の名を借りた非道な行いは罪にならぬと?」

 「ならない。断言しよう、絶対にならない。何故かって? 私は罪を犯してなどいない。盗みも、騙りも、殺しもしていない。悪人を裁くのは全ての判事と刑吏に認められた当然の権力であり、私はそれをルールに則って行使しているに過ぎない。今回の判決で科した刑罰も、法の上での最高となるものを科しただけだ」

 「彼は被害者だった。先に手を出したのは……」

 「訴えを起こしたのは原告だ。私だって悪魔じゃない、全くの無実のシロを裁くという大それたことはしないし、何より出来ない。この件だって被告が真に潔白であるならば、そもそも訴えを受理することもしなかったのだからな」

 「であれば……!」

 「だが結果は結果だ。被告は暴力を振るってケガをさせ、原告は訴えを起こした」

 「そして貴殿が裁いた」

 「そういうことだ。物分りが良くて助かるよ、以後二度と法廷を汚すような真似はしないでくれると有り難い」

 言いたいことを一方的に言った後、ローランは背を向けて今回の判決の調書をしたため始めた。ペン先にインクを付け、流れるように羊皮紙に文字を書き込んでいく。その表情はとても誇らしく満足気だった。

 「…………聞き忘れていたが、あの商会会長殿は貴殿の知り合いか」

 「本人から聞いたはずだ。かつて孤児だった私の父、その身元保証人だった方だ。父に限った話ではないが、あの方とその奥様は昔から孤児保護の活動をしている。母なし子の私が今日までこうしていられるのも、あの方の恩恵による
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