『女帝と囚人 〜あるいは古代の女王と鉄仮面のお話〜』
大陸の西方には広大な砂漠が広がる。一切が砂に覆われた不毛の地、サボテンと小さな虫以外に生命の痕跡は無く、昼は降り注ぐ熱線が地中の水分さえも大気に還元させ、夜には透き通る空に昼間の熱は全て逃げて極寒の地獄に早変わりする。昼と夜で二重の顔を持つ、ここは地上で最も移り変わりの激しい場所。
吹き荒ぶ風が砂嵐を巻き上げて砂丘を形成する。幻想的な砂の波は幾百もの年月をかけてゆっくりと大地を舐めるように移動し、その軌跡の何もかもを飲み込んで行く。悠久を生きる神々だけが、この地に砂が満ちる以前の姿を知っている。
かつて、ここには国があった。今でこそ見渡す限りの砂の海だが、かつてはこの砂で覆われた一帯を領土として支配していた大帝国が存在し、その頃はこの砂の海は緑に覆われた豊かで肥沃な大地だったと言う。花が咲き鳥が歌い、大河川がもたらす恵みがこの地一帯を地上の楽園に変えていたという。
既に国が滅びて五千年。かつての文明は皆砂に埋もれて消え去り、今やその隆盛を知る者は誰一人として残されていない。王の墓も史跡も無く、今やここは死の大地と化して久しい時間が流れていた。草木は枯れ鳥は何処へと去り、国土を縦断するように流れていた川がその姿を消した事はもう随分昔のことである。
文明の墓場となったこの場所はその過酷な環境とは裏腹に、周辺情勢に左右されない国際的に安定した場所だった。当然だ、一面砂しかない不毛の大地、作物は育たず水は枯れてしまうこんな大地を欲しがる国は存在しない。むしろどうやって相手に押し付けようかと考えている勢力もある。
各地が未だ領土争いや利権の拡大を狙う中で、この砂漠だけはそんな俗世の争いからは隔離された天然自然の雄大さを物語っていた。人間の手から離れたが故に、数千年に渡り形成してきた美しさが輝く大地……死と絶滅の砂の海、全ての文明が行き着く最終地点がこの光景だ。
その砂の海を往く影がひとつ。ここを通りなれた隊商ですら絶対に通行しない昼日中、天上の太陽が殺人的な猛威を振るう時間帯にそれもラクダにも乗らず徒歩で、砂の海に一対の足跡を延々と刻みながら移動する者がいた。
「ふぅ……ふぅ……!」
荷物はない。昼の砂漠を越えるというのに食料どころか水筒も見当たらず、その身一つに砂除けのマントを羽織っただけ、明らかに旅人と言うよりは世捨て人か自殺志願者のどちらかだ。装備はともかく水を持っていない所を見るに後者の可能性が高い。
本来、昼夜の寒暖差が激しい砂漠の横断は明け方と夕暮れ時が相応しい。ラクダに乗っていれば話は別だが、そうでなければそれ以外の時間帯は停泊することが望ましいとされる。
それ以外の時間帯に動けば、即ち死を意味する。
「はぁ、はぁ、はぁ!!」
旅人の呼吸が荒く、間隔も短くなる。吸い込む外気は体温より熱く、蒸した衣類を顔に押し付けられているような錯覚を覚える。酸素を求めて肋骨と横隔膜が忙しなく動くが、今や呼吸だけでは削られた体力を回復することは出来ないまでになっていた。
だが旅人はその足でも行進を止めず、流砂を避け、ラクダの骨を跨ぎ、どこまで続いているとも知れない砂の世界を何の目的で踏破しようと、その足は軌跡を刻み続けた。
そして一際大きな砂丘を乗り越えた時……。
「────……──」
旅人は熱砂に伏した。
突風が巻き起こり、舞い上がった砂が旅人の体を隠していく。
足を、手を、肩を、太ももを、腰を、砂は容赦なく覆い隠し、男を数千年の歴史の一部に取り込もうとする。肉は腐る間もなく乾上がり、身に着ける衣服も朽ちて消え果て、後にはカラカラになった骨だけが晒されることになるだろう。
旅人の歴史はここで幕を降ろす。
と、この光景を見れば誰もが思うだろう。
「…………」
それまで旅人以外に誰もいなかった砂の大地に、どこから現れたのか別の影。それが早くも半身が埋もれかけていた旅人を掘り出し、軽々と肩に担いだ。
そして現れた時と同じように、どこへともなく去って行く。
「やっと見つけた。これで帝国は……」
砂塵が吹き流れた後、二つの影は砂漠のどこにも見当たらなかった。
その帝国はかつて肥沃な土地だった砂漠一帯と、その彼方東方に広がる山脈、海峡を挟んだ南の島々、そして極寒の凍土に覆われた北の大地をも征服し、大陸史上最大とも言える支配領域を誇っていた。強大な軍事力に物を言わせて各地を瞬く間に征服し、国土は一年で二倍、五年で十倍、全盛期には大陸の地図をほぼ一色に染め上げる勢いで領土を拡大し、その支配力は昔日のレスカティエを上回る程であった。
一代で巨大な帝国を築き上げた王を
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