「今回我輩が作ったこの薬は傑作である」
深夜、草木も寝静まる時刻に男がふと呟く。天井から吊り下げられたランタンが油を燃やした光で部屋を薄らと照らし、ぼうっとオレンジの明かりの下で男は自分の作成した薬について語っていた。
「魔界産の果実や野菜、キノコをふんだんに使い、煎じて、漉し取り、蒸溜、いくつもの工程を経て更に煮込むこと数日……そこまでしてようやく原液が作れるのである」
結婚した相手が鍛冶屋なので火種には困らない。作成に必要な材料は自称弟子に取ってこさせた。
「まず何より、その使用方法の多彩さがウリなのである。飲んで良し、塗って良し、火に炙って焚くも良し、料理の隠し味にも使える優れ物である」
薬とはもちろん、例の排卵誘発剤のことだ。男の作る薬はとても効くと魔物娘に評判で、直接買い付けにわざわざ山を越えてやって来る者もいる。彼の弟子は知らなかったが、十人の大家族を支える立派な収入源になっているのだ。
「更にこれは排卵期から最も外れた時期に使用しても副作用は一切ない。強いて言えば卵巣から排卵を誘発する際にホルモンバランスが崩れることぐらいだが、それらは全て性機能の活性化、即ち発情に回されるのである。そして発情状態は卵子と精子が接合し、完全な受精卵となって着床するまで続く。もし交合の機会が無く卵子を無駄にしてしまっても、ホルモン変化は日増しに強くなり、確実に服用者を孕ませるのである」
これを使えば不妊に悩む夫婦も犬猫のように子供を量産できる、というのが男の謳い文句である。
「だが、これには使用上の注意が幾つかあるのである」
「それって?」
同じベッドで隣に包まっていた妻が顔を出す。互いに服は一切着ておらず、紅潮した頬と背やうなじに光る汗からして、既に何戦かヤった後のようだ。
「うむ。まず、これは原液だから使用する際には必ず薄める必要があるのである。コップ一杯に一滴でも多いぐらいである。数十倍から百倍の溶液に希釈して使うことが望ましい。そうすればかなり長い期間使えるであるからな」
「もし薄めずに使ったら……」
「毒ではないから死にはしない。だが、媚薬も兼ねているから原液を使うと発情どころか理性を失い、男の上で女は何日でも腰を振り続けるのである。それこそ七日七晩では済まぬだろうな。ホルモンバランスは理性だの何だのを無視して滅茶苦茶に荒れ狂い、脳神経を焼き切るレベルで高まったメスの本能は一度に大量の排卵を行いより確実に孕もうとする。感度も殺人的に過敏になり、顔を風が撫でれば乳首が腫れ、布ずれが起こる度に絶頂を繰り返し、下着は汗と愛液でドロドロになるのである。魔物一寡黙と言われるマンティスも、これをそのまま使えば獣のような雄叫びを上げながら全身を痙攣させるのである」
「そ、そんなに……!?」
「更に、理論上ではあるが血中に直接取り込むことが出来れば……」
「出来れば……?」
「男の方が十月十日後まで無事でいられる保証は無いのである。だから傷薬には向かんのである」
太古の昔、旧魔王時代のサキュバスは一夜の快楽と引き換えに男を確実に吸い殺したという。先祖が淫魔ではない妻だが、その当時の淫魔がどれほどの実力を持った種族であるかは伝え聞いて知っていた為、夫の予測を聞き終える頃には半ば恐怖、そして半ば好奇心で肩が震えていた。普段物静かな妻自身、人語ですらない雄叫びを上げるほど乱れ狂った経験は無く、ほんの少しだけ興味をそそられてしまった。
「売る時は薄めてお出ししようね?」
「無論、初めからそのつもりである。だがその前に……試しておきたいことがある」
そう言ってベッド脇の卓からキラリと光る物体を取り出す。鋭い針が付いたそれは、注射器。その先端を瓶の中に挿入し、ゆっくりと吸い上げ……。
「さ、腕を出すのである」
「待って。え……さっきまでの話の流れで? しかもそれ、薄めてないよね! やっ、ちょ、ま……!!」
「はい、プスっとな」
「☆○△◇卍×÷∞$√%♂♀ーーーッ!!!?」
薬液が血中に浸透したその瞬間、この世のモノとは思えない金切り絶叫が轟いた。予め消音の術が掛けられたこの家でそれを知るのは、彼女の夫だけである。
「我輩、フットボールできるぐらい子供が欲しいのである」
この十ヶ月後、魔道師と鍛冶屋の間に双子が生まれた。計十二人に膨れ上がった彼の家族を見て、かつての同僚たちが皆呆れ顔になったのは別の話だ。
エルフの里と外界を区切る明確な境目は無い。特に柵も囲いも無く、村の外れはそのまま森に繋がっている。村の通り道にも剥き出しになった木の根が張り巡らされ、村に生まれた子供の特技は皆共通して木登りになる。
周囲を山と森に囲まれ
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