「姫様……本当に、本当に行かれるのですね」
「エレナ、私の友達……いいえ、母を亡くした私にとってあなたは、姉であり母でした。そんなあなたを残して行く私の身勝手さを許して」
「もったいなきお言葉。ですが、どうかお考え直しください。王子たちの蛮行も宰相閣下がお止めになるはず」
「いいえ……悲しいですが兄上たちはもう、行くところまで行かなければ気がすまないでしょう。王宮も今や安全な場所とは言えなってしまった」
「姫様……!」
「折角あなたにダンスを教えてもらったというのに、まったく活かせないままだった。もし次に会う時はまた一緒にお茶を楽しみましょう」
「必ず……必ずやお迎えにあがります。どうかその日まで息災でいてください!」
かつての約束は、果たせぬまま……。
二時間ほどして夜会はお開きとなり、賓客たちがぞろぞろと帰っていく。その様子を主催者として見送るレイン。
「どいつもこいつも……無駄に肥え太ったブタ野郎どもが」
だがその表情は宴会が始まった当初のやる気のないものではなく、帰っていく客人の背をまるで親の仇のように睨みつけていた。
「殿下……」
「レイン王子」
大ホールに残ったのはレインとエレナ、そして宰相の三人だけ。あとの使用人たちは下がらせた。どの道、最初に用があるのはこの二人だ。
「プライベートパーティーだった。いくら王族の招待だって貴族たちも暇人じゃない、見ず知らずのボンボンのお披露目に式典でもないのにここまでの人数が集まるかよ」
「それは、皆さん殿下のお知り合いで……」
「オレは生まれも育ちも片田舎の安宿だ。そんなオレに貴族の知り合いがいるわけねえだろ。答えろよ……あの連中、誰の知り合いだ?」
「…………」
「答えられないか? だったら教えてやる。オレのお袋、アイナ・レーン・アルカーヌムの知り合い……そうだろ」
五代目には三人の子供がいた。後に政争を引き起こす二人の王子と、年の離れた姫。王位継承権は三人に等しく存在していた。
その末の妹こそ、後にレインを生むことになるアイナ姫その人である。
「正直……オレは少し驚いてる。オレの知ってるお袋は社交的な人じゃなかった。一日中部屋にいて、ベッドに寝たきりで、誰かと話すどころか水を飲むのも億劫で、枯れ木のように痩せ細ったお袋が……こんなにたくさんの人に覚えていてもらっていたなんてな」
「やはり、アイナ様は……」
「やはり? やはりって何だ、白々しい事言ってんじゃねえよ。お前らは何年も前からお袋の居処を掴んでた、そうだろ? じゃなけりゃ、親父とお袋が死んで都合よくオレの前に現れたりするもんか」
レイン自身、自分の母親がどこか浮世離れした人物であることは察しがついていた。流石に王家の人間とまでは分からなかったが、田舎町にひしめき合う連中とはどこか違う世界の人間であることは感じていた。
だからこそ、自分の出自が明らかになって納得し……同時に怒りを覚えた。
「本当なら、ここにこうして立っているのはオレじゃなくてお袋のはずだった。どうしてお袋が居ないか分かるか? お前らが見殺しにしたからだよ!」
「それは違う!」
「何が? どう違う? オレの伯父貴が二人して死んだのが十年前で、親父が事故で死んだのが七年前、お袋は病気に罹ってちょうど一年前に逝っちまった。あんたら十年も何してたってんだ、ええッ!? あんたらだけじゃない! 伯父貴の粛清から逃れた貴族が、お袋と親交があったって連中があんなにいたのに、あいつらは何をしていた!! 『お知り合い』ってのは相手の顔と名前だけ知ってる奴のことを言うのか!!」
「彼らにも事情というものが……!」
「事情、ねえ。そんなにあんたらは、一国のお姫様が平民と結ばれたことが気に食わなかったのか! 蝶よ花よと愛でられ国の行く末を背負った高貴な女が、よりにもよって逃亡先でケチな安宿を経営する男の妻になったことが、そんなに悪いことだったってのか!!?」
「ちがう、そうじゃないんだ……」
「もういいッ!! もうたくさんだ!!」
昂ぶった感情のままに礼服を乱暴に脱ぎ捨ててレインはホールを去ろうとする。しかしそれに追いすがるエレナが行く先を阻んだ。
「お待ちください、殿下!」
「母さんを除け者にして飲む紅茶は美味いなぁ、おい? 伯父貴たちに手を焼いたそうだが、さっさと母さんを女王にしてしまえば良かったんだ」
「姫殿下は……アイナ様は、自らのご意志でここを去られました。ご自分が王室に残ることで政争の更なる混乱を未然に防ごうと……」
「そう言って、結局誰も伯父貴たちの暴走を止められなかった。母さんがここに残れば伯父貴
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