第一幕 皇帝と愚者:前編

 『皇帝と愚者 〜あるいは成り上がり王子と気狂い帽子屋のお話〜』










 アルカーヌム連合王国……そこは連合の名が示すように、元々この一帯の小国や諸侯が治める土地を束ねることで形成された国家である。様々な民族や文化を一所に纏め上げ共同体としての利益、即ち国益を確保する組織として完成してから既に200年が経過しようとしていた。

 大陸では数少ない建国当初からの親魔物国であり、街は魔物娘と人間たちが生活の場を同じくしている。まだ田舎などでは人間の里と魔物の里で分かれている事もあるが、それも住み分け以上の差別意識はなく至って平和である。昔は排他的な集落もあったが、今では極一部を残すのみとなっている。

 国力もそれなりのものがあり、反魔物派筆頭のレスカティエ教国を隣国に持ちながらその圧力に屈さず、遂に落日事件まで親魔物を貫き通して見せた。少なくとも列強と呼ばれる国々からの干渉を跳ね除ける外交力を持っており、加えて国外に弱みを見せない程度には内政も行き届いていた。

 物産以上の資源を持たないが、古くから貿易によって経済を成長させ、主に魔界の特産品などを同じ親魔物領間で売買してきた。最近では金融にも力を入れ始め、領内に存在する小国・サンミゲル公国とはかの国が建国した当初からの付き合いがある。

 こうして聞けば非の打ち所の無い理想国家に聞こえるだろうが、やはりそこは天下国家、肥大化した組織や集団とは常に矛盾や闇を孕むモノ。

 今この国は、建国から「三度目」になる存亡の危機を迎えようとしていた。

 「このままでは、いけないな……」

 総大理石の謁見の間にて宰相は一人呟く。一段高く作られた場所にはこの国で最も高貴な者だけが座ることを許された玉座があり、宰相はそこに腰掛ける人物に仕えている。

 だが今その玉座は空席だった。たまたま所用で外しているのではない、もうこの椅子はずっと使われていない。

 二十年間、この国には王がいない。

 「いけないな」

 もう一度呟くその声はさっきより深刻そうで、実際そうだった。

 北の諸国でも身分平等を謳いながら元首を置いている。国家というのは仲良しこよしの集団とは違い、常に民衆を引っ張るリーダーが必要だからだ。それは王政も軍事政権も、民主主義によって選ばれたものでも同じことだ。支配者を欠いた国は国としての体を成さない。

 これがまだ完全な民主政治ならすぐにでも有力者を募れるのだが、アルカーヌムは建国以来続く王の血筋によって運営されてきた。急ごしらえで体制を変えるのは危険な上に、国内の不穏分子を勢い付かせてしまう恐れもある。

 このまま放置すればアルカーヌムは慢性的に滅びの一途を辿ることになる。

 「そろそろ、本気で掛からなければ……」

 窓の外に見える王都の大通りは今日も賑わいを見せている。今日もこの国は平和だ。だがこの平和がいつまでも続くとは限らない。

 この平和を維持するにはやはり……王が必要なのだ。

 王冠を戴き玉座に座るに相応しい者、それは既にこの街にいる。





 この王都でも昼間から酒を掻っ込む穀潰しがいる。昼の営業時間に料理ではなく酒ばかり注文する輩が、どの料理屋にも必ず数人はいる。中には夜通し城門を守る仕事の衛兵もいるが、大半は手に職を持たないあぶれ者、その日の稼ぎも全て酒か博打に使ってしまう碌でなしがほとんどだ。

 そして大通りに面したこの大衆食堂にもそう言った連中がたむろしていた。昼間の賑わいを見せる真ん中ではなく、いつも決まって端の方に固まっている。金は払うので文句は言えないが、安酒しか注文せず時間が経つほど酔いが回って声が大きくなり、店にとっても他の客にとっても迷惑な連中だ。

 しかも酒だけでなく仲間内で賭け事をするので、かなりの時間をそこで過ごす。今日も四、五人でカードゲームにアツくなっているようだ。手札を組み合わせて一番強い役を作った者が勝つ、後の世でいうところのポーカーに似ている。

 「……レイズ」

 「んじゃ、こっちもレイズ」

 「このままで」

 「いいな? それじゃ……オープンだ!」

 札が出揃った事を確認しディーラーの指示でそれぞれの役を開示する。同じ役の者は無く、綺麗に総取りが決まった。

 「っかぁ〜! イケると思ってたのによぉ〜!」

 「そうそう上手くいくもんかい!」

 「へへっ、いただき〜!」

 勝った男が机の上に積まれた金を全て取り上げる。金と言っても何のことはない、この国で発行されている一番安い銅貨だ。荷物運びの仕事で数枚もらう程度の報酬、それを使って一時の娯楽に興じる。ちなみに最終的に勝った者は仲間内の飲み代を奢りという形で支払うので、結局は酒に浪費していることになる。

 ここにいるのは元々
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