レスカティエを表向き支配するのは前王カストールより王位を継承した女王、フランツィスカ・ミステル・レスカティエである。だが既に彼女は永遠の若さと快楽を得、その代償に政の決定権と己の理性を売り渡した傀儡王と成り果て既に半世紀も経過していた。
「う〜ん、そろそろ潮時かしらね」
厚いカーテンで閉ざされた寝室の中で蠢く影。僅かな光の中で見えるのは艶やかな女の肌、だがそれは常人のそれとは大きく異なり灰色に似た色をしていた。長い髪をかき分ける仕草一つに妖艶な魅力が醸し出され、ベッドから出た彼女はその身に何一つ纏うことなく窓際まで行くとカーテンを開け放った。
その瞬間、明らかになる女の全貌。流れる髪に汚れ一つ無い肌、程よく締まった肢体に豊かに実った乳房……そこには世界中の男を虜にしてもまだ足りない、美という概念の集大成があった。淫靡でありながら汚れという存在から全くの無縁であるその魅惑のカラダ、これを前にすれば六十を通り越した老人でさえも興奮でいきり立ち、女性もまたその肢体から淫蕩な様子を想像し股を濡らさずにはいられないだろう。地上の全てのオスを支配する大いなるバビロン、それがこの閨の主だった。
例えその背から人間にあるまじき漆黒の翼が生えていようとも、全身の肌の至るところに妖しい紋様が浮かび上がっていようとも、それが彼女の美しさを損なうようなことは決して有り得ない。
「教会派の連中、少しおイタが過ぎたわね」
彼女の名は「デルエラ」。現在主神と世界の覇権を巡って争う魔王と、かつてその魔王を討伐に現れた勇者との間に生まれた娘。魔王の娘はリリムと呼ばれ、普通のサキュバスとは一線も二線も画す強力な存在だ。デルエラはその四女、何十人ひょっとすれば何百人もいるリリムの中でもトップクラスの力の持ち主であり、五十年前にこのレスカティエをたった一日で陥落させたのも彼女の手腕によるものだ。魔界重鎮の中でも一番の過激派として知られ、今まで数多くの国を魔界に堕としてきたことから人間界でもかなりの知名度を誇る大淫魔だ。
今はレスカティエ陥落という大仕事を終えてしばらくの休息を取っている。人間で言えば「長期休暇」のようなものだが、それを年単位で過ごすあたり彼女らのライフスタイルのスパンの長さをうかがい知れる。
と言っても、全く仕事をしていない訳ではない。国王の地位には娘分のフランツィスカを据えているが、政治の実権はその大半をデルエラが牛耳っている。政策や国庫の運営、周辺国との外交や防衛に国境問題など、大まかではあるがそれらの方針を決めて指示しなければならない。これはこれで中々に面倒な仕事だ、表立って動けない分やはりどうしても現場の様子をすぐに知ることは難しい。かと言って自分が王位に取って代わることはナンセンスだ。連綿と続いてきた血筋を奪うには大義名分がない。そんな事をすれば民の反感を買うだけ、独裁者とはいかに民の支持を得られるかで寿命が決まる、決して抑圧だけが仕事ではないのだ。
だからこうしてストレス発散を兼ねて三日三晩も交わることもある。ちなみに、デルエラの夫がどんな人物なのかは謎に包まれている。かつて彼女を討伐に来た元勇者とも、教国侵攻の際に手篭めにした司祭とも、一介の民草から魔王軍の将軍に成り上がった男とも言われているが、いずれもはっきりとしない。
「誰かいるかしら」
「お呼びですか、デルエラ様」
寝室に音もなく現れる女騎士。五十年前にデルエラ自ら堕とした当時最も期待されていた勇者。かつて神に対し向けられていた絶対の信仰心は、今やこの第四皇女にのみ捧げられる忠誠心となっている。今ではもう右腕と言っても差し支えない存在だ。
「私が留守の間はお願いね」
「教会派への見せしめなら、私どもにお任せいただければ。わざわざデルエラ様が出て行かれるほどの事では……」
「見せしめなんて、人聞きが悪いわ。これは……お・し・お・き。最近少ぉし調子に乗ってる神父様たちに、どちらがこの国を動かしてるのかもう一回教えてあげるのよ。そして鞭の後には飴を、極上の快楽を与えてあげるのよ。そうすれば、ほら……彼らにも世界の素晴らしさが理解できると思わない?」
「相変わらずお上手ですね」
「それに最近、ここに篭りきりだったからぁ。たまにはお外で運動しなくちゃダメよね」
「お戯れを」
「あらぁ、本気よ? とにかくそういうことだから、あとよろしくぅ〜。あ、留守の間この部屋好きに使ってくれてもいいわよ。久々に彼としっぽり楽しんじゃってね」
「本当ですか!? さ、さっそく、彼を連れて来ますね!!」
清廉潔白、品行方正も今は昔、ウィルマリナにとって今の生活は愛しい伴侶との交わりに重きを置かれていた。彼女があられもない嬌声を
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