第六章 暴食の勇者:後編

 ある男の話をしよう。

 男は小さな町の片隅に住む夫婦に授かった子供だった。年々若者が町を去って行く少し寂れた町で、男はその年で初めて生まれた男の子として可愛がられた。両親を始めとする大人たちや、年上の少年少女に頭を撫でられるのが好きな子供に成長していった。

 男は褒められるのが好きだった。両親が喜ぶ顔を見るのが何よりも好きだった。六歳で町外れの農家に出入りするようになり、町の人々が飲む牛乳を配達する仕事を始めた。来る日も来る日も遠い道のりを車を引く重労働が出来たのは、誰かに褒められたいと幼心に健気な想いを宿していたからだろう。

 幼くして働き者だった男を皆が褒め讃えた。これから生まれる子供達にもお前の働きを見習うよう言い聞かせよう、そう言ってくれるほど誰もが男のことを良く想ってくれていた。毎日毎日、力仕事に従事する、少年と呼ぶにも若すぎる彼を人は親しみと敬意を込めて「小熊」と呼んだ。

 精を出していたのは力仕事だけではない。自分より年下の子が病気になれば背負って隣町の医者まで連れて行き、田畑を持っている者が倒れればその代わりに収穫し、世話になった老人が眠りについた時はその墓穴を掘る作業にも参加した。自分が動くことでより多くの人々の為になる、そうすれば皆に喜んでもらえると信じていた。

 男は町の誇りを謳われ、幼くして皆の感心を一身に集めることになるのは至極当然だった。

 しかし、転換は突如訪れた。

 始まりは、男が通っていた農家からだった。牛舎に飼われていた牛たちが謎の病に罹り、次々と死亡するという事件があった。後の世に言うところの牛疫だ。本来爆発的な感染を見せるその病が何故かその農家だけを襲い、牛や豚を始めとする多くの家畜を手放す憂き目に見舞われた。そのショックから家主は倒れ、大黒柱を失った一家は経営の借金を返せず離散、農家だったその家は数週間であばら家になった。男が仕事を始めて二年目のことである。

 人の役に立つことを信条としてきた男は、次の仕事場として町の大工に弟子入りする。生来の真面目さを活かして教えられる技を素早く吸収していった。その成長速度は目を見張るものがあり、弟子入りから一年目には簡単な椅子を作れるぐらいに腕を上げ、それまでと同じように誰もが男の成長を喜んだ。両親も勤勉な息子のことを誇りに思い、惜しげもなく息子の後押しをしてくれた。

 その年の冬、町は不穏な病の影が覆っていた。発熱と咳が止まらない百日咳にも似た風邪の一種が蔓延し、老若男女の別なく住民の大半がそれに罹った。と言っても死に至るような重篤な病ではなく、数週間大人しくすればそれで完治する程度のものだった。だが昼間から老いも若いも揃って床に伏せり誰も外を歩かない様はとても不気味だった。そしてその光景は、そこから先の未来を暗示していたのかも知れない。

 ある日、男は師匠と共に隣町に赴き泊まり込みで仕事をした。老朽化した橋の一部を修繕するというもので、一日で終わる簡単な仕事のはずだった。実際仕事は滞りなく終わり、報酬を受け取って帰った男を待っていたのは──、

 全てが炭と灰に変貌した町の姿だった。

 原因不明の出火、乾燥した空気に乗って火の粉は瞬く間に町全体を覆い全てを焼き尽くした。大半が木造だった家屋は燃料以上の意味を持たず為す術などなく住人らの棺桶となり、町の人口の九割を道連れにこの世の地獄を顕現した。

 死体の殆どは焼け落ちた家の中で発見された。逃げなかったのか? 否、逃げられるはずがない、彼らは皆病の身だったのだから。体力を限りなく削っていた病は彼らから逃げる力まで奪い、抗う暇も与えられないまま大火は彼らを容赦なく襲っていたのだ。そしてまるで初めからそれが目的だったかのように、人間を焼き尽くした後はそれまでの猛威が嘘だったように消え去り、後には黒焦げになったあらゆる残骸だけが残された。

 田舎町を襲った悲劇を前に人々は嘆くだけだった。元々人口も少なかったところへこの火事、燃え残った瓦礫や死体の処理でさえ人手が不足した。いつ終わるとも分からぬ作業、自分達の寝泊りする場所すら確保できず飢えと寒さは彼らの心さえも蝕み始めた。

 ふと誰かが聞いた、火はどこから出たかと。

 この火事はそもそも謎、というより納得できない部分が多すぎた。火はどこか一箇所から広がったのではなく十数ヶ所、それもどれも屋内からの出火という証言が幾つもあった。生き残った者の僅かなそれら証言を繋ぎ合わせ導き出された答えは……。

 最初に燃えていたのは男が作った椅子や家具などであることを突き止めた。

 それが一つや二つなら単なる偶然と捉えられただろう。だがそれが十や二十もあったなら……偶然がそれだけ重なれば人はそれを必然と同じように扱う。

 一度犯人探し
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