第五章 傲慢の勇者:後編

 ある女の話をしよう。

 そう、今回は「女」だ。

 女は貴族の家系に生まれた。長い長い歴史を持つ、国で最も古い一族の長女に生まれついた。女系の定めとしていずれは当主になる身、未来は約束されたも同然だった。

 そして、実際その通りだった。

 貴族とは即ち、「貴」き一「族」と書く。人々の上に立って導き、下々の規範となるべき支配者の格を備えている。備えていなければならない。個人の好悪ではなく、大局的に見た善悪によって物事を判断し一切の私心なくそれを実行し、尚且つ庇護にある者に利益を生み出してやらなくてはならない。

 女は幼き頃よりその為の教育を詰め込まれた。話し言葉や礼儀作法に始まり、庶民以上の教養、資産を運用する経営術、社会を賢く生きる処世術、いずれ家督を継いだ後に必要となるであろうリーダーシップの執り方など、貴族の当主に相応しい帝王学をその身をもって学び続けた。

 十年も経てば女はどこの夜会に出しても恥ずかしくない器量と教養を身に付け、親戚だけでなく付き合いのある他の貴族からも一目置かれ始めるようになった。王家と肩を並べる唯一の一族というプレッシャーが、彼女を「立派な当主」に変えさせたのだ。

 これで一族は安泰だ。

 民もきっと喜んでくれるに違いない。

 未だ少女と呼べる女の心は周囲の期待に応えられて満足だった。

 守るべき民など、もうどこにもいないというのに。

 領地も領民も持たず、重要な役職を与えられていないのに公爵であるその意味……それを理解した時、女は愕然となった。自分がまんまと鳥かごの中に囚われてしまったのだと気づいても、もはやどうしようもなかった。

 遥か昔にあった王族との確執。その争いに敗れた先祖が土地と引き換えに結んだ盟約。飼い殺しにされた死に損ないの一族……それが自分の中に流れる血の正体だと知った。王族と等しいと言えば聞こえは良いが、それはつまり仕えるべき主すら持たず国に何の貢献もできていないことを意味するのだ。

 女がこれまでしてきた努力は全て無駄になった。誰かに仰ぎ見られるわけでもなく、誰かに能力を認められるわけでもなく、にも関わらず周囲の勝手な期待だけが膨らみ続ける。何もできない自分に、常に最上であることを期待する……そんな矛盾した感情が常に自分に突き刺さった。

 己は華、王国に咲いた夜の華。肥料を与えられ、水を与えられ、丹念に手入れされ、美しく咲き誇り見る者を喜ばせるだけの華。

 それ以外には何の意味も持たない、ただの徒花。

 ただそこにいるだけ、まるで木石。いてもいなくても同じなのに、そこに根を張ることを強いられる。根無し草で揺蕩うことさえ許されない。

 花のように咲き、鳥のように歌うことを求められる。

 それ以外はただの飾りでしかない。

 いつしか生まれ育った屋敷は女にとって牢獄となった。何もせず、何も出来ず、ただその日その日を無為に過ごすだけの日々。それは人に必要とされる教育を受けた彼女にとって地獄の時間だった。

 「妾は……何のためにここにいる」

 答えてくれる者などいない。

 同じ悩みを抱えていたであろう先達は、既に壁を彩る肖像画になっている。

 いずれ自分もここの仲間入りをする。その時になってここを訪れるものは皆こう言うだろう。

 “ああ、先代のご当主も立派な方で在らせられた”、と。

 やめて……。

 何もできない自分に、そんなありもしない賛美の声をかけるのは。

 ここは苦界の生き地獄。

 己は道化。見る者を楽しませるだけの道化に過ぎない。

 自己に対する欺瞞と嘲笑の板挟みに合う押し花……それがアイリスという吸血姫の全てだった。





 国の歴史を紐解けば、そこには必ず隣国との諍いがある。利益を最優先に追い求める集団の最大単位が国家であるが故に、隣接する国同士は基本的に反りが合わない。常に互いに利益を貪り、不利益を押し付け合い、そして時にそれが戦争に発展したりする。

 アルカーヌムも例外ではない。現在王国が抱えている近隣問題は三つ。

 ひとつは、南の海峡を渡った先にある海洋国家。海峡の漁業権を巡って王国と裏で鎬を削っている。

 二つ目はレスカティエ。最近の頻度はそれほど高くはないが、建国以来ずっと魔物娘に対する扱いで「教会」から攻撃を受けている。

 そして三つ目。最近になって統治者が打倒され、新たな支配者を擁立したと聞く北側の諸国だ。三つの中で一番厄介な国がここになる。軍事国家と呼ぶほどでもないが、この北の国は殊の外王国に対して攻撃的になるのだ。

 この国はかつて王国と同じく貴族が支配していたが、搾取に甘んじていた労働者たちの不満が爆発する形で革命が起こり、貴族は粛清もしくは国外追放という結末になった。労働者は個人による
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