クリスマス。それは年に一度の冬の一大イベント。
本来の縁起と意味から姿を変えて恋人達の聖夜へとなったこの日は、差し迫った年の瀬の慌ただしさにせっつかれたようなどこか浮ついた気分も手伝って、いつもの日常から少し離れた非現実感を伴ってやってくる。
街は至る所に綺麗な装飾を施され赤と緑を基調とした明るいムードをかもし出す。
特に夜ともなればまばゆい程にライトアップされ、運河の照り返しに揺らぐ石造りの港の街並みは普段の廃れたものから心躍る幻想的な異空間へと変貌する。
特にその象徴といえば「クリスマスツリー」。濃い緑の葉を鋭く茂らせたもみの木は、この日を最も象徴するものの一つだろう。夜ともなればライトアップもあいまった文字通り眩いばかりの美しさとなる。
そんな暖かで幻想的な夜から背をむけ、俺は恋人の住む海へと向かう。
既に海中の暮らしにも順応した体ではあるが、それでも感じる冬の夜の海の寒さと暗さに気が若干滅入る。やはり心のどこかでは陸の華やかさに羨ましさを感じていた。
俺達もあの光の下で愛を語り合えたら……
そんな今更詮無いことを考えながら暗く静かな海の中を泳ぎ続ける。そろそろ彼女と落ち合ういつもの場所に着く、そんな時だった。
──ぱあっと、視界の先で綺麗な明りが灯った。
それはとても淡く、優しく、綺麗な光だった。
月明かりすらない曇り空の海の中、その灯だけが揺れる水の中で輝いている。
そしてその光は徐々に明るく、そして大きくなりながら俺へと近付いてきた。
ぼやけていた光の輪郭は近づいてくるにつれてはっきりとした線を形作り、その全容が明らかになってくる。
一つの大きな灯に見えたそれは、幾つもの人間大の灯の集合だった。
あまりの美しさに見とれて動きを止めていた俺にいよいよその灯は近付く。
するとその中から一つの灯が俺に向かってやってきた。
「びっくりした?」
それは俺の──シースライムの最愛の彼女だった。彼女の半透明な体が暖かな光を伴って発光していた。
彼女の言葉に俺はただ呆けたように頷いて返す。
気がつけば周りには彼女の仲間のシースライムが取り囲んでいて、辺りは昼のような暖かな光に包まれている。
揺らめく水中の灯火の正体、それは自らの身を輝かせる彼女達の光だった。
そして彼女達だけではない、水中を漂う何かに反射しているのか、まるでキラキラした雪のような粒が俺達を取り囲んでいた。
光の中を漂う俺たち。周り中全てを輝く粒子に包まれ、まるで空に浮かんでいるような錯覚すら覚える。きっと夜空を泳いだとて、ここまでのきらめく星々に囲まれる事はないだろう。
「どうかな、気に入ってくれたかな?」
おずおずと、けれどどこか誇らしげに彼女が言う。
「ああ、すごい。なんというか……その……」
そんな彼女に対し、肝心の俺は感動が強すぎてうまく言葉が出てこない。
「だからな、なんていうか、きれいでさ……でもただ綺麗なだけじゃなくて……」
言いたいことは沢山あった。聞きたい事も沢山あった。でも俺の口からは何一つ具体的な言葉が出てこない。
彼女に俺の感動を伝えたかった。美しい光景を見せてくれた喜びを伝えたかった。彼女と手伝ってくれた彼女の仲間達に感謝を伝えたかった。
けれどそれをどう言えば伝わるのかが解らない。胸のうちに渦巻く幸福感を言葉に出来ない。それがもどかしい。だから、この気持ちが伝わるように願いを込め──
──ぐいっ!
「あっ……」
彼女を抱きしめ──
──ちゅっ!
「ん! んむ……んちゅ……っ!」
思いっきり彼女にキスをした。
瞬間、俺達を黄色い歓声が包み、夜の海が一層明るくなる。
顔を離すと彼女は照れくさそうに一瞬目を伏せるも俺を見つめ……
「メリークリスマス」
と、マリンスノーのようなきらめきの中、雲間が割れて差し込んできた月明かりのスポットライトに照らされて、この日見てきた中で一番眩しく美しい文字道理の輝く笑顔を見せてくれた。
「ああ、メリークリスマス。これからもよろしくな」
そうして俺たちは手を取り合い、淡く輝く水の中を舞うように泳ぎ始める。
見れば周りを囲む仲間たちにもいつの間にか彼女の伴侶たちが連れ添っている。どうやら、今夜はこうして皆を迎えていたようだ。
「それじゃあいこうか」
「ああ、そうだな」
彼女に促され、俺たちは泳ぎだした。
海に降る雪と輝くツリーは、陸の街のそれよりも暖かく、幻想的で、なによりも美しかった。
「幸せだな」
脳裏から離れないその光景を反芻し、思わず一人つぶやく。
そうだねと、耳ざとくそれを聞いていた彼女が相槌を打った。それにちょっとした恥ずかしさを覚えながら再び口を開く
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