「……ハァ、今日も客が入らぬ」
ギイギイと軋む音を鳴らしながら、夜の誘惑に満ちた街を重い屋台を引いて歩く。しかし、歩けど歩けど客がやってくる様子はない。
この辺りの街中は派手な居酒屋が多いし、こんな古びた屋台にやってくる奴が少ないのは世の常だろう。
俺の屋台にぶらさがった朱色に微かな明かりを放つ『三角、丸、四角』が縦に並んで墨で書かれた『おでん屋』の提灯がまるで寂しそうに風に揺れている。
「やはり、異国でも通用すると思った俺の判断が間違っていたのか」
俺、弥一は限界を感じていた。俺の家はジパングで比較的名の知れたおでん屋をやっていた。しかし、時の流れは残酷で、わざわざ店にまでおでんを食べに来る客はめっきり減ってしまった。
更に、オヤジの死が店にも俺の精神にも多大なダメージを与えた。俺はオヤジの元でかれこれ5年おでんを作り続けてきたが、未だにあの人に味で追いつけないと感じている。その不安が客にも伝わってしまったのか、客足は更に減っていってしまった。
そこで俺は最後の賭けとして、オヤジが店を持つ前に使っていた古びた屋台に秘伝の味付け、そして俺の発案で店先に掲げていた大きな提灯を携えて、一発逆転を狙って『異国』へやってきたのだ。
「味に自信はあるんだが……そもそも客が入らぬのではどうしようにもない……」
ジパングより寒いこの国ならば、温かいおでんはきっと流行る、ここに来る前はそう確信していたのだが、そもそもこの国の人におでんを食べてもらえる機会がほとんどなかった。それというのもこの国で明かりに使われている『電気』というものが原因だろう。
『電気』が取り付けられた店先の看板はピカピカと色とりどりの眩い光を常に放ち続ける事で、夜だというのにまるで昼のような明るさで人々を誘う。ジパングにいた頃は煌々と淡い灯かりで際立っていた提灯も、寂しいほのかな灯かりに成り下がってしまった。
「こんな筈じゃなかった……こんな、筈じゃ……」
あの提灯を店先に置こうとオヤジにねだったのはいつだっただろうか? 詳しくは覚えていないが、凄く小さい頃だったと記憶している。本当を言えば俺が幼心ながらに提灯のあの優しい朱色の輝きに惹かれ、店先において客引きをするという建前で買って貰ったものだったと思う。
ふと、周囲が暗くなって提灯の灯かりがポウ、と浮かび上がった。どうやら考え事をしながら歩き続けていたので、気がつけば街を抜けて山道に差し掛かっていたらしい。
「……寒い、な。ここは」
おでんを売るために選んだ寒い土地が、逆に俺にとって障害となる。手は悴むし、冷たい風は俺の心にまで染み入る。……今日は店じまいだな。どうせ客なんてきやしない。ふと、鼻先に触れる冷たい感触に気がついた。ああ、雪まで降ってきた、のか。空から白いものが降り注ぐ。
少し意識が遠のき、視界が揺れる。相当疲れているのか、この寒さのせいかはわからない。しかし、こんな状態では営業を続ける事は困難だ。俺は屋台を畳み、提灯の灯かりを消した。……そういえば、腹減ったな……商品に手を付けたくなかったからここんとこロクなもん食ってねぇもんな……。視界がかすみ、二重に広がる。それまで屋台を引いていた筈の体が妙に重たい。
「……寝よう。きっと明日になれば、この状況を打開する……手段……が……」
猛烈な眠気が襲い掛かる。こんな所でロクな装備もなしに寝たらヤバい。寝袋に入らなくては。屋台に備え付けられたカバンから寝袋を取り出そうと手を伸ばしたが、その指はカバンに届かない。
頭がボーっとする。……突如、フッ、と糸が切れたような感覚と共に、体全体に冷たい感覚が触れた。……どうやら、倒れてしまったようだ。立ち上がらなくては、これは、マズイ。このままだと、俺は……
「…………こんな…………筈……じゃ……なかっ……た…………」
搾り出すように、口に出していた。体全身の冷たさを感じながら、絶え間なく降り注ぐ白い雪に反して、視界が黒く染まっていく。ふと、頭に色々な映像がよぎる。次々と流れる映像がどんどん遡って行く。異国へ足を踏み入れた時の記憶、オヤジが亡くなった時の記憶、初めて店に立たせてもらった時の記憶、小さな頃あの提灯を買ってもらって店頭に置いたあの時の記憶…………。
「おやじ! このちょうちん買ってさ、お店の前におこうぜ!!」
「弥一……正直に言いねぇ、オメーが欲しいだけだろ?」
「う……うぐ、んなことねぇよ! おれは店の事かんがえてんだよ!!」
「ったくしょーがねぇなぁ……。確かにこれだけでっけぇ提灯なら客引きにゃぁ持ってこいだわな。仕方ねぇ、買ってやるよ。その代わりおめぇ、店の前から持ち出したりすんじゃねぇぞ?」
あれ……この、やり取りは……。
「……弥一、提灯に文字書きてぇんだが、普通に『お
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