いのちの電話 ― one more chance ―

― 青木ヶ原の樹海 ―

山梨県富士河口湖町・鳴沢村にまたがって広がる広大な森で、富士山の北西に位置する。
なぜ「樹海」と呼ばれるかと言えば、一説には富士山に登攀し山頂からこの地を眺めると木々が風になびく様子があたかも海原でうねる波のように見えることから名付けられたと言われている。
風光明媚な場所であるが、しかしながら今日多くの人々はこの地を忌まわしいものと捉えている。
曰く、この場所には何千何万の自殺者や死体が埋まっていると。
そう「自殺の名所」であると。
しかしながら昔からこの場所が自殺の名所と呼ばれていたわけではない。
青木ヶ原の樹海が「自殺の名所」と扱われ始めたのは1960年代頃のからである。
当時、売れっ子小説家だった松本清張の「波の塔」が映画化されてから自殺者は増加した。ヒロインが樹海へと消える結末をテレビや低俗な雑誌が面白おかしく報道した結果、樹海で自殺を試みる人間が増え青木ヶ原の樹海は「自殺の名所」となったのである。
この世に見切りをつけた自殺者でも「仲間」が欲しいのだ。


「もう・・・アイツから逃げるには死ぬしかない」

1人の青年が仄暗い気持ちを抱きながらゆっくりと山道を歩く。樹海が自殺の名所として有名になるにつれ自殺者は増えていく。少しでも自殺者を減らすために近隣の有志ボランティアが定期的に巡回パトロールを行っている。
当然のことながら誰でもなじみ深い場所が自殺の名所呼ばれるのは嫌だからだ。
彼はただの登山客であるとボランティアに説明するために、なけなしの金で買った本格的な登山着を身に付けていた。
なぜ、彼は自殺するのにわざわざ樹海に行くのか?
それは「彼をここまで追い込んだアイツをより苦しませるため」だ。
青木ヶ原の樹海では定期的に遺体の回収が行われている。アパートも家族のいる実家でも自殺しようとしたら、きっとアイツの手で止められてしまう。
怖くて調べたことはないが、アイツなら盗聴盗撮くらいはやってもおかしくない。
しかし、ここならアイツの手が及ばない。尾行はされていないようだから流石に探偵までは雇っていないだろう。
今しかない。
昏い決意を持って彼はこの地へと赴いたのだ。

「・・・・・」

ふと、彼が遊歩道の端に今では見慣れなくなった電話ボックスを見つけた。そしてその近くにはお決まりの言葉が書かれた看板。

― 命は親から頂いた大切なもの ―

「・・・・・・・ハハッ」

青年は乾いた笑みを浮かべるとその電話ボックスに入った。


ガシャ・・・

青年は引き戸を開き中に入る。
こんな場所に置かれていても内部は落ち葉や得体の知れない虫の死骸など落ちておらず、すえた不快な臭いもない。寧ろ上等な香水にも似た香気がする。ふと見ると黄緑色の電話機の隣には十円玉が入れられたインスタントコーヒーのビンが置かれていた。そして「いのちの電話」の電話番号が書かれた張り紙。
彼はそのビンから数枚の十円玉を失敬すると電話機の投入口に入れた。

ポチポチポチ

目の前の張り紙に書かれた電話番号を ― スマートフォン全盛では逆に珍しい ― 硬めのプッシュボタンを押し、おもむろに受話器を耳に当てた。
誰かにこの悩みを聞いて欲しいわけじゃない。ただ、折角だから使っても悪くないのではないか、と彼が考えただけだ。

プルルル・・・プルル・・・

クラシカルな呼び出し音が鳴り、暫くして繋がった。

「元気ですか――――――――!!!!!」

野太い男性の声が鼓膜をつんざくように響く。

「??????」

彼が受話器を外し目の前の張り紙を見る。

― いの「き」の電話 ―

「ダジャレかよ!!!!!!!」

言いようのない怒りが彼を満たす。しかし、その張り紙をよくよく見ると「いのきの電話」以外にも「いのちの電話」番号が表記されていた。

「畜生・・・・・」

彼は気を取り直して再びプッシュボタンを押して受話器を耳にあてる。

プルルル・・・プルル・・・

再びクラシカルな呼び出し音が鳴り、暫くして繋がった。

「・・・・・・・・」

録音の無機質な返答すら聞こえてこない。

「あの・・もしもし・・・」

彼が意を決して声を出した時だ。

「お1人様ごあんな〜〜〜い!!」

間延びした若い女の声が響いた瞬間、電話ボックスの床に漆黒の文様がボワッ浮かぶとともに、まるで蟻地獄のように床が彼を飲み込むかのように流動する。

「え?!えぇぇぇぇ!」

慌ててドアのところに向かうが、底なし沼のように足をとられてしまう。

「助けてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

彼は突如、溶け始めた床に飲み込まれながら悲鳴をあげる。
死ぬつもりで青木ヶ原の樹海まで来たというのに助けろとは如何に?と、突っ込みたくなるが当人としては必死だ。



数刻後、そこにはた
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