― 只今より本艦は潜航を開始いたします。気圧の変化がありますので体調がすぐれない方は係員にお伝えください ―
アナウンスと同時にゆっくりと自分が下に落ち込むような感覚を覚える。観光用問わず、本物の潜水艦に乗ったことのある人間は稀だろう。
「これで船窓があれば雰囲気があるんだろうが・・・」
そう呟くと、隣の席に座っていた悪友の二塚が小突く。
「まぁまあ見てろって」
不意に、天井の一部が割れてそこから海の景色が広がっていく。
「え、ガラス製?」
「いいや、潜水艦の外の光景をリアルタイムで投影しているんだよ。光学迷彩みたいなものだな」
通路側の席に座っていたもう一人の悪友である清家が説明してくれる。
「これが、映像?」
「ああ。俺も初めて見た時は驚いたよ」
壁に触ってみると、確かにガラスとも違う冷たい感覚がある。
「そう言えば二人は竜宮城に行ったことがあるんだっけ・・・・・」
― 竜宮城 ―
高位の魔物娘である「乙姫」の魔力で作られた海の中の理想郷。
日本の法律上は観光特区とされ内部には旅館やホテル、のみならずカジノまで作られている。
また魔物娘の魔力を利用とした海中散歩などのレジャーも用意され、家族連れも楽しめる一大レジャー施設となっていた。
当然のことながら、竜宮城は海中にあるためこうしてシャトルバスならぬ、「シャトルサブマリン」で行くことになるのだが。
― 観光潜水艦「伊402」 ―
先の大戦後、五島沖で海没処分された潜水艦の一つであり、その当時最大の潜水艦の一つだ。
純然たる「兵器」ではあるが、海没処分されたことにより所有権を放棄したと解釈され、海底から引き揚げられて日本に移住したドワーフやグレムリンの技術により再生された。
当然ながら、魚雷発射管や機銃は外され推進機関も最新鋭のモーター駆動とスターリン機関のハイブリッドにされている。
トイレや医務室等も新設され、竜宮城までの旅を快適に過ごせるように苦心の跡がうかがえる。
「清家、技術の発展は凄いね」
「信壱〜〜、こんなことで驚いてりゃ身が持たないぞ。竜宮城はそれこそ、タイやヒラメの舞踊りだからな!しかも裸の!」
竜宮城は言っての通り、海中にあるため海の魔物娘達が多く働いている。また近隣では大規模な養殖場もあるためそこで働く魔物夫妻もいる。
ふと見ると、潜水艦の前方をジュゴンを巨大化したような海獣が過る。
「ステラ―カイギュウの群れ、か」
― ステラ―カイギュウ ―
18世紀後半に発見されたジュゴンの近縁種で、その巨体からは三トンの肉と脂肪がとれた。事の起こりはロシア帝国が派遣した探検隊が遭難したことで、探検隊に同行したドイツ人医師ゲオルグ・ステラ―が発見した。
遭難した彼らはステラ―カイギュウの肉で命を繋ぎ、その報告から乱獲され発見からたった27年で絶滅してしまった。
近年、地球環境は変化しつつあり食肉牛を育てるコストは年を追うごとに増大し問題となっていた。その点、クローン再生されたステラーカイギュウは海があれば養殖が可能で今では食用として広く用いられている。
当然ながら「種の尊厳」のためと独りよがりな理由でテロや妨害を行う連中はいた。それを見越して日本は海に面した最貧国に養殖に必要なステラ―カイギュウの番と養殖の専門家としてセルキーを広く派遣したことにより、ステラ―カイギュウの養殖は一般的なものになった。それでも諦めない迷惑な連中はいるにはいたが、養殖場周辺にあらかじめサルバリシオン上がりの魔物娘を「警備員」として配置していたため「問題はなかった」。
連中が銃やバズーカを持ってこようが、未婚の彼らにとっては鴨がネギしょって鍋に入ってカモーンと言っているのに等しい。
― 本艦はこれより竜宮正面、中央港に入港いたします。係員の指示があるまで座席にてお待ちください ―
「いけね」
信壱はは艦内サービスで提供されたライム入りのジンジャエールを飲み干した。
艦内で簡単な持ち物チェックを済ませ、タラップを降りるとそこは一般的な駅のロビーと変わらなかった。
正直、海の魔物娘が多くいると聞いていたので海産物特有の臭いがあると思っていたが、港内は花の匂いや嗅いだことのない南国のフルーツのような華やかな香りに包まれていた。
ついここが海の底じゃないと錯覚しそうになるが、天窓には海中を悠々と泳ぐ人魚やメロウの姿が見える。
「すごいなぁ・・・・」
まるでテーマパークに来た時のようにすべてが光り輝き新鮮に見えた。
〜 偶にはアイツらもやるじゃん 〜
彼、「思惟信壱」と彼らは有体に言えば悪友である。
学生時代は学校のメインフレームをカンニングのためにハッキングするハメになったり、ユーチューバーになると言い出した二人と
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