洋の東西を問わず酒場はという場所は常に物語の舞台となった。
フランスの画家ロートレックはムーランルージュに夜な夜な通いその短い人生に彩りを添えた。長谷川利行は名もなき安酒場で居合わせた客にマッチ箱の裏に絵を書き酒を呷った。
仲間と楽しむ楽しい酒もあれば、自分の気持ちと向かい合うために酒の魔力に頼ることもある。
そして・・・・。
別離の悲しみを乗り越えるために飲むこともある。
ー 「Barペイパームーン」 −
いつものように様々な人魔が集い、各々が自分の「時間」を楽しんでいた。
「・・・・」
座り心地の良い革張りのスツールに腰を掛け、一人の男が一人静かにウィスキーの水割りを飲んでいた。
男は一言も発さずただ静かに水割りを飲み、時折客の「魔物娘」を一瞥するだけ。ペイパームーンには伴侶を求める独身の魔物娘の常連も多い。無論、独身の男性も彼らとの出会いを求めている。魔物娘たちは皆美女揃いだ。彼らと知り合い、あわよくば付き合いたいと思う男性もいる。
しかし彼が彼女たちに向ける視線はそういった熱のこもったものではなかった。強いて言うなら「諦め」。自分ではどうしようもない、諦観に満ちたものだった。
「グランマ・・・あの客ってもしかして・・」
店員である「ウィルオー・ウィスプ」の「夏樹伽耶」がオーナー・バーテンドレスであるサキュバスの「グランマ」に話しかける。
「・・・猪名川淳一ね。怪談師の」
ー 「怪談師」猪名川淳一 −
元インダストリアルデザイナーという異色の経歴を持ちながら、ドラマやバラエティでは芸人張りの身体を張ったネタを披露。伝説の「やられ役」として名を馳せた。
またその豊富な人生経験から来る、軽妙でありながらもツボを押さえた怪談はもはや職人芸の域に達している。
だが近年はスランプ気味だった。
原因は「穴」、「外地」の存在だった。
魔物娘の中にはゴーストやゾンビなど、怪談のある意味主役ともいえる存在がある。
「穴」という転移門が開き、魔物娘の存在を受け入れた「日本」では彼らは人を怖がらせる存在ではなくなってしまった。
廃屋を探検しようとしたら住人である「ゴースト」に不法侵入で訴えられたり
小学校の骨格標本がホンモノの「スケルトン」で、夜中に理科準備室を抜け出して意中のショタが使用したリコーダーを舐めまわす、ついでにマ〇コに挿(件のスケルトンは逮捕されました)
高速道路のパーキングエリアでは、ヘルメットを脱ごうとして一緒に首まで抜けてしまったデュラハンが全裸で暴走族を追いかけ回す事件が週一で報道される
こんな世の中じゃ、淳一のような「怪談師」は居場所を失うのは必然だった。
「輪」、「ラブホテル霊」でスターダムにのし上がった彼の友人の一人である仲田監督は元々AV監督であった経歴を生かして、「魔物娘AV」で第一人者になっている。
〜人生を練り直す時期に来ているのかもしれない 〜
彼がこの場所に足を向けたのはその友人である仲田監督からの紹介だ。人魔が集うこの店なら何かを掴むことができるかもしれない。
そう、淡い期待を抱いて。
コトッ
彼の目の前に小ぶりのグラスが置かれる。中は琥珀色のウィスキーと水とが混じり合わず分離して入れられていた。
「ウィスキー・フロートか。頼んでないけど?」
「この店では初めての客には一杯おごることにしているの。友人は教えてくれなかった?」
そう言うと、グランマは淳一に微笑んだ。
「私はいつも言ってるんだ。怪談は怖いだけじゃないんだって。でも皆は怖い話を望んでいる・・・」
そういうとショットグラスの中に注がれたジョニーウォーカー12年を一気に呷る。
「そう。貴方はもう答えを知っているのね」
「へ?」
淳一があっけにとられる。その様子をグランマは楽しそうに見ていた。
「幻の火星人襲来がただのオーソンウェルズのラジオドラマだったように、視線を変えれば怪談も笑話になるわ」
「ああ、その話は知っていますよ。確か、1938年のアメリカで・・・・・」
彼の脳髄。その片隅が震えた。
更にグランマが言の葉を紡ぐ。
「ウィスキー・フロートは言うなれば水割りと同じ。ただ魅せ方が違うだけよ」
その言葉と共に彼の身体を電流のように衝撃が走った。そう、彼は既に苦悩の答えを「知っていた」。それにやっと気づいたのだ。
「そうか・・・!その手があったか!!」
淳一は勢いよくスツールから立ち上がる。そして財布から数枚の札を取り出すとそのままグランマに渡した。
「釣りはいいから。今すぐこの構想を形にしなければ!!!」
そこに数刻前の諦めた表情の淳一はいなかった。
暗い、照明の落とされた舞台
その中央には縁台が置かれ、和服を着た一人の男が座っていた。勝負服に着替えた猪名川淳
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