ジュゥゥゥゥゥ
使い込んだフライパンの上でバターが溶け、食欲を促す芳香が広がる。
それを焦がさないように注意しながら、耳を切り落とした食パンを置いていく。
食パンが程よくきつね色になると若葉は手早くそれを白い磁器の食器に乗せ、食卓へと運ぶ。
「お待たせ彰くん!」
「ありがとう若葉」
普段はトースターで簡単に済ませるところだが、今日は二人にとって特別な日だ。多少は手間がかかってもいい。
「美味しかったよ若葉」
少々手間のかかった朝食をとり彰は若葉を労う。
「うん。今日は特別な日だから頑張っちゃった」
食器を洗うために席を立った若葉を彰は優しく抱きしめた。ホルスタウロス特有の柔らかな感触が彼を優しく包み込む。
〜 若葉・・・! 〜
つい彼女をその場に押し倒したくなる。
彼らは既に夫婦であり、誰に断ることはなくこの場で「営み」を行っても問題はない。
とはいえ今日という一日をなし崩し的に性欲に塗れた一日にはしたくはない。
ひとまず彰は落ち着くためにテーブルに置かれていたミルクティーを一気に飲み干した。
ちなみに彰はどちらかと言えばコーヒー派ではあるが、何もコーヒー以外飲まないワケではないし紅茶も良く飲む。
「このミルクティー美味しい・・・」
彰がそう、呟いた。
その瞬間若葉の目が大きく開かれる。
「彰くん・・・・私、ミルクティーなんて用意してないよ・・・」
「え?!」
ぼふん!
― 嗚呼、やはり二人にとって「特別な一日」でも厄災の女神は彼らに微笑んだようだ ―
「キャァァァァ!!彰くんが!彰くんがァァァ!!!」
若葉が叫ぶ。
そう、今彼女にできることは叫ぶしかなかった。
「若葉、一体・・・・」
彰が自らの身体を触る。慎ましやかな胸、ボーダー柄のニーソ―、それはまるで・・・・。
「な、何でロリになってるのぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
そこには水色のエプロンドレスを着て女体化した彰が立っていたのだ。
往々にして人間という生き物は、脳が受け入れられる以上の情報をインプットされるとかえって冷静になるものだ。
しかしそれは当人の場合である。
「あ、彰くん可愛い!!!可愛いいぃぃぃぃ!!!早速、魔界銀製のぺ二バンを・・・・!」
― 若葉はこんらんしている ―
彼女の精神に大ダメージを与えてしまったのだろう。
口から涎を、そして鼻からは鮮血を垂らしながら彰に迫る若葉。完ッ全に変質者である。変な態度と書いて「変態」である。
「ヒッ!」
彰は若葉を愛している。それは変わらない。
だが、状態異常の若葉と一緒にいる勇気はなかった。
ゆっくり。
ゆっくりとその場を離れる。
「!」
「おやおや朝食に間に合わなかったかな?」
リビングには若葉と彰、そしてもう一人「いた」。
浅黄色のシルクハットに燕尾服。精緻な装飾の施されたジャケットからは豊満な乳房が彼が「彼女」であることを如実に語っていた。そう、テーブルについて優雅な手つきで紅茶をたしなむその人物はいわゆる「男装の麗人」だった。
その姿を目にした若葉は瞬時に状態異常状態から回復する。
「彰くん・・・離れて・・・そいつは!」
若葉から発せられた声に従い、その人物から距離をとる。
「ソイツとは酷いな〜〜。昔馴染みにむかってさ」
しかしながら麗人は意に介さず仰々しく、舞台俳優のような身振りをする。
「こう見ても結婚記念日のプレゼントを持ってきたというのに、ね」
「そう。ならそのままどっかに消えてくれない?渾身の頭突きを喰らいたくなければね」
チャッ!
若葉が魔界銀製の付け角を装着する。
「貴方は一体?」
事情の飲み込めない彰が恐る恐る問いかけた。
「これは然り。私はマッドハッターのフリスビー三世。以後お見知りおきを」
― マッドハッター ―
「異界」である「不思議の国」。そこに生息するマタンゴの変種である。
強大な魔力を保有するリリムである「ハートの女王」が、伴侶との交わりに夢中なマタンゴを「無視」されたと勘違いして魔法を放ち変異したとも、正気のマタンゴを見たいと魔物特有の我儘さで無理矢理変異させたとも言われている。
前述のとおり、マッドハッターは原種であるマタンゴと比べると話は通じるし、その博識さには舌を巻くだろう。だが、その本質はマタンゴと変わらずその思考は淫らに澱み、気がつけばマッドハッターの伴侶にされてしまう。
「彰くん、カビキラーを」
冷静に冷酷に死刑宣告をする若葉。
マッドハッターにカビキラーは効くのだろうか?、彰がそう思った瞬間だ。
「カビキラーはよしてくれ。それは私に効く。そんな事をしなくても消えるさ」
「え?!」
突如として空いた穴に彰が飲み込まれる。ひらめく水色のスカートの中身は「白パン」であ
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