空と君のあいだに

愛に満ちた交わりでダリアを助けたとはいえ、彼にはまだまだすべきことがあった。
それはダリアが生涯得ることができなかった「空」を与えることだった。


つかぬ事をお聞きするが、諸兄は自分が初めて歩いた時の事を覚えておられるか?

失敬、愚問であったな。

人は教えてもらって歩き出すことはない。それは種の本能として記憶されているからだ。

竜種の飛行とはそういうものだ。


しかし、ドラゴンゾンビであるダリアは生まれて一度も空を飛ぶことはなかった。
だからこそ、空を飛ぶことが「当たり前」である竜では空を飛ぶ感覚をダリアに教えることは難しかった。
これには竜騎士団に所属する教官の誰もが頭を抱えていた。
だが、彼女の伴侶たる里桜は既にそれに対するトレーニングを編み出していた。

「すごい!!お兄ちゃん私飛んでる!!」

バイザーを装着し、天井から幾つものハーネスで吊り下げられたダリアが歓喜の声をあげる。
今彼女の装着しているバイザーには竜騎士団団員の協力で撮られたドラゴニアの空が映し出されていた。
ヴァーチャルリアリティーを利用した疑似的な飛行体験だ。彼女が翼を動かすごとに映像は変化し、まるで本当に空を飛んでいるかのように表示されている。
VRを利用したリハビリテーションと聞くと、一昔前のSFのように感じるが実際医療の現場では徐々にではあるが利用されている。これには里桜自身、「学園」で不定形の魔物娘用のライフスーツを開発するなど、魔物娘用のリハビリ・トレーニング機器を手掛けた経験が役に立った。
しかし、所詮はヴァーチャルだ。実際に自分の翼を使って飛ぶことができなければならない。

「じゃあダリア。いつものようにやってみてくれないか」

「うん!身体がふわふわするようにやってみる!」

ダリアの翼が動きを止めその場に静止する。
ゆっくりと、だが確実にダリアの身体がその場に浮かびあがる。

「三日前と比べると格段に浮かび上がる高さが上がっている」

モニターにダリアと竜騎士団団員の平均値が表示される。ダリアのその値は若干低いがしかし離陸するには十分な高さだ。

「そのまま、ゆっくり羽ばたいてみてくれないか」

「うん!」

竜化したダリアの翼がはためくがピクリとも彼女は前進しない。

「やっぱりか・・・・」

モニターにはダリアの血流と左右の筋肉が表示されている。骨折の影響か、翼を動かすための筋肉が左右で歪に異なっている。
これでは浮き上がっても均一に翼を動かせず、失速最悪墜落さえありえる。
まず里桜は自らが使用している「アシストスーツ」をダリア用に改良することを考えた。実際、彼自身の手でアシストスーツをアップデートしていることからその知識や技術は問題ない。
しかしながら、人間サイズに調節されているアシストスーツをドラゴンゾンビであるダリアに適合するようにするのは困難が多かった。
数日後、里桜はドラゴニアの飛行船発着場に赴いていた。



「忙しい中、ドラゴニアまで来ていただき申しわけありませんパメラ先生、パオラ先生」

「スケジュールは問題ないよ里桜。滞在は三週間の予定だが、多少は延長できると学園長からの言質は取っている」

「ありがとうございます!」

「君は心配しなくていいぞ里桜。そんなことよりも君の理論を読んで居ても立っても居られなくてね。君の事だから既にプロトタイプは制作済なのだろう?」

今、里桜の目の前には「学園」で上司であったリッチの「パオラ・クライン」と「パメラ・クライン」が立っていた。ダリア用のフライトスーツの制作にあたって、里桜は彼の上司であるパオラとパメラに教えを乞うた。ダリアとの出会いと彼女の障害についても。事情を知った二人がこうしてドラゴニアまできたのだ。

「メールは読んだよ。愛する伴侶と共に空を飛びたいとは、君も案外ロマンティックだったのだね」

そう言うとパメラが里桜に微笑みかけた。

「まずはダリアさんの詳細なデータと魔力の流れを見なければね。あと君が制作した試作品とその設計図も見せて欲しい」

「ええ。よろしくお願いします」


― ドラゴニア竜騎士団本部 ―

「これが君のフライトスーツか」

今、三人の目の前には里桜が自らのアシストスーツをベースに開発したダリア専用のフライトスーツが鎮座していた。
パオラがスーツに手を触れる。

「軽いな・・・」

「ええ。日本で高圧成形されたカーボン材をコアに、薄い箔状にしたチタン合金を幾重にも貼り付け熱を加えることで定着させました」

「まさにカーボンとチタン合金の特性を持つ夢の新素材だな」

パオラが賞賛を送る。

「いえ。僕はあくまで理論を考えただけです。ドラゴニアで出会った腕のいいドワーフとイグニスがいなければ実用化はできませんでした」

「やはり君をド
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