「Barペイパームーン」
サキュバスの「グランマ」が営むショットバーで、この街にいつできたのかは誰も知らない。
「いつの間にか常連客となっていた。何を言っているのか、わからねーと思うがおれもわからなかった」
とやたらと濃い顔立ちのフランス人が教えてくれるように、常連客は多いが彼らに聞いてみてもいつ開店したのかはついぞわからなった。
ここに集う客は単純にグランマが作るカクテルを楽しみに訪れる客もいれば、興味本位で「魔物娘」と呼ばれる異界の存在と知り合い、あわよくば恋人になりたいという少々邪な理由を持つ客もいる。
また、客の中にはグランマが時折話してくれる虚実交じりの話を楽しみに訪れる者もいる。
人魔が混じり楽しい時間を共有できる場所。それが此処、「Barペイパームーン」だ。
しかし、今夜は珍しく閑散としていた。
「フランシス・アルバート!ダブルで!!」
― フランシス・アルバート ―
歌手のフランク・シナトラに捧げられたカクテルで、彼が終生愛したワイルドターキー・バーボンとタンカレー・ジンを半々。それをミキシンググラスでステアして、オールドファッションドグラスに注いだカクテルだ。
このワイルドターキーはバーボンらしい甘さと強さを味わえる半面、ボトルインボンド規格でアルコール度が50以上もある。そこに更に47度以上のドライジン、タンカレー・ジンを半分加えるわけだ。しかも、氷を大量に使うシェイカーではなく、まろやかさよりも鋭さを感じるステアで調合する。
はっきり言って並みの酒飲みなら一杯さえも飲み干すことはできないだろう。因みにフランシス・アルバートとはフランク・シナトラの本名である。
それを目の前の客は先ほどから何杯も注文している。それもダブルで。
当然のことながら、「客」は人間ではない。
新緑の若葉を思わせる鮮やかな髪をした魔物娘「エルフ」だ。
「どうしたの・・・・?」
「は、はい!今お持ちします!!」
ペイパームーンの従業員である、ウィルオー・ウィスプの「夏樹伽耶」がその女性に頭を下げるとカウンターに向かう。
「グランマ・・・どうします?」
「どうするもこうするもないわ。あの娘は客よ?」
「でも・・・・」
夏樹がチラリと見る。カランと、ドアに取り付けられた真鍮製の古いカウベルが来客を告げるのだが・・・・。
ドアを開いた瞬間、店内に立ち込めるどろりとした負のオーラが押し寄せ客はそのままドアを閉めて行ってしまう。
「確かに問題ね。お酒は楽しむためのものであくまで逃避するためのものではないわ」
この時伽耶はグランマが対応してくれると期待していた。しかしながら・・・
「じゃあ、伽耶ちゃん。ヘルラちゃんと話をつけてきて」
「へ?」
― 往々にして希望とは別の結果になるのが人生というものである ―
「えっ?あのお客、ヘルラって言うの?」
― ・・・疑問はそこじゃないだろっ ―
「あの娘、落ち込むと決まって深酒するのよ。酒癖が悪いなら追い出すこともできるけど・・・・・」
グランマがヘルラを見る。あれだけ深酒しても酔っ払いのような行動は見られない。つまりは節度を守って酔っぱらっている。
とはいえ、彼女の内に秘めた鬱憤が漏れ出し、それは普段は明るいペイパームーンの店内をドス黒く染めているかのようだった。
「あれじゃ追い出せないよね・・」
「だから伽耶ちゃん。暫くの間ヘルラちゃんの話し相手になってあげて。魔物娘専門のカウンセラーを目指しているのでしょ?」
「そ、そうだけど・・・」
いきなりの事態に伽耶がたじろぐ。
「そもそもカウンセリングの技術は教科書なんかじゃ身に付かないわ。大丈夫よ、彼女と話せばいいだけだから」
ウィルオー・ウィスプの「夏樹伽耶」。
彼女は幼馴染が伴侶と幸せに暮らしているのを見て、発作的に自殺しウィルオー・ウィスプへと転化した存在だ。
「学園」でカウンセリングを受け、魔物としての自分を受け入れたことにより彼女は彼女としての生を謳歌している。
彼女が「学園」で感じたこと。それは自分と同じ悩みや苦しみを感じる元人間の魔物が多くいること。
だからこそ、彼女は学園の教育課程を修了しても自発的に「学園」に残り、まだまだ数の少ない魔物娘専門のカウンセラーを目指しているのだ。
ゴト・・・・。
伽耶の目の前に暗緑色の瓶が置かれる。
「これを渡してあげるわ。酒飲み、それも魔物ならこの価値はわかるはずよ」
「グランマ、これって・・・・!」
― シャル・ドラゴニアン ―
竜皇国ドラゴニアでは魔物夫婦たちが庭園でワインを自作している。あのドラゴニア竜騎士団のアルトイーリスも自分自身でワインを作っており、噂では女王であるデオノーラも自前の農園を持っているとされている。
現地では水
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