「学園」が生まれた日 ― 祈り ―

「壮一、ちょっとそこにあるスパナをとって!!」

シミ一つないツナギに身を包んだ、目にも鮮やかなエメラルド色の髪をした少女が叫ぶ。
壮一はは少女の言う通り、その場に広げられた様々な工具の中からやや小ぶりのスパナを手に取り、彼女に見えるように掲げた。

「メーアさん、このスパナかい?」

「そうそうそれだよ!」

少女は壮一からスパナを受け取ると、目の前に鎮座する鉄の籠にも見える装置の調整に戻る。


ここは「収容所」の地下に作られた無菌室。公介の手配した「仕事人」達の手により今や無菌室から処置室へと改装されていた。次元転移ゲートである「門」から渡来した「魔物娘」を収容している「収容所」の地下であるため、当然ここにいる人物も「人間」ではない。
先ほどの少女もまた、獣の耳を持った「魔物娘」、グレムリンだ。
今彼女が調節している装置は特殊な可変式のストレッチャーで身体全体を包み込むような形状をしている。言うまでもないことだが、それは宮子の為に壮一がメーアに作らせたものだ。
マタンゴの生態として、浸食が始まると胞子は寄生対象の意思を乗っ取る。そして異性を襲い「精」を得るのだ。無論、その「異性」とは寄生対象が思いを寄せる者であり誰でも良いわけではない。されどその段階を経れば完全にマタンゴとなってしまう。
壮一の妻である宮子はジルの「静止の術」でマタンゴ化が止められている状態であるが、壮一が「治療」を施す場合はその術を解除することになる。鎮静剤である程度の行動は制限できるが、それだけで魔物の行動を制限するのは難しい。
そこで、機械工学に秀でた魔物である「グレムリン」に制作させたのがこのストレッチャーだ。
このストレッチャーは人体に影響を及ぼさない「魔界銀」で製作されていて例えマタンゴの胞子が宮子を操ってもその拘束から逃れることはできず、また床ずれによる褥瘡も引き起こさない。
無論、宮子の治療の為に用意されたのはストレッチャーだけではない。その隣に用意された血液循環装置には壮一が「外地」で発明した「魔界銀フィルター」が装着されている。
髪の毛よりも細く、鋼鉄のように鍛えられた魔界銀は生粋の細工師である「ドワーフ」の手によるものだ。これら二つだけでも「外地」での一国全ての財産に匹敵する価値を持つであろうことは想像に難くない。これも彼が公介から得た金塊が大いに役に立った。
たった一人、そう「宮子」一人を助けるためだけに壮一は己が全てを尽くしていた。

「壮一調節は済んだよ。でもさ・・・、アンタの指示通りにコレ作ったけど、正直どうなるかはアタシでも保障できないよ?」

― 抗魔物化 ―

それは今だ誰も成し遂げたことのない未知の領域だ。自分の作り出した発明品に絶対の自信のある彼女とはいえ・・・、壮一と話すグレムリンの顔に不安がよぎる。

「メーアさん。確かに不安だけど・・・・ボクは失敗しない。だって・・・・・」

壮一が頭を上げる。
彼には凍てついた氷の中で宮子が微かにほほ笑んだように感じた。
その頃、ジルは二人から離れて「外地」へと訪れていた。壮一に頼まれた「切り札」を手に入れるためだ。


― 「外地」 愛を乞う人の家 ―

飾り気のない、白を基調とした食堂に二人の人物が向かい合って座っていた。ジルの傍らには生体運搬用のコンテナ。中には壮一がジルに入手を依頼した「切り札」の一つが収められていた。「外地」でもエンカウントの難しい存在であるが、ジルのコネクションを利用すれば入手は難しくない。
しかし、足りない。
それだけでは「足りない」のだ。
思い悩んだ末、彼女は親友の力を借りることを選んだ。「彼女」の祈りならば・・・・・。


「お主の気持ちは分かる。じゃが、お主のその力儂にしばし預けてもらえぬか?」

ジルの目の前には、一人のサキュバスが座っている。その表情は硬い。

「確かにお主は呪いのおかげで誰からも愛されないかもしれぬ。じゃが、お主が人の為に祈ってはならぬとはエロスも言ってはおらぬ」

「・・・・私は非力よ。それでもいいの?」

「構わぬ。お主はエロスの呪いを既に受けている。つまりはエロスと常に繋がっておると言える。そのお主が祈ることこそが、二人を救うことになるのじゃ」

ジルはそう言うと、深々と頭を下げた。

「・・・・・・」

ガタッ

サキュバス「ヴァン・ロゼッタ」は椅子から立つとジルの ― 記憶の中よりも小さくなった ― その手をとった。

「祈りましょう。困難に立ち向かう二人の為に・・・」

ヴァンの瞳に以前のような倦怠も憂いの色はなかった。

「よろしく頼む」

ジルはヴァンの白い手を力強く握り返した。



― 門の向こう 「収容所」地下 ―


「後悔しないな壮一?」

「ええ」

壮一とジルは宮子の前に立っていた。ジル
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