特別養護施設「星降る里」。
大手病院が開設したよくある特養施設であり、介護者、被介護者の負担を減らすべく多くの機械化された近代的な設備が導入されたこの場所は今騒乱の最中に包まれていた。
ガシャ!ガシャ!!
「畜生!!此処もダメかよ!!!」
一人の年若い看護師が防火扉を揺らす。自動で展開されたそれは人間の手では不快な音を立てただ軋むだけだった。
― 火事です、火事です。避難経路に沿って非難してください ―
温かみの無い合成音声が照明の落とされた廊下に響く。しかしながら、火事の煙も無ければスプリンクラーさえ作動していない。明らかに異常だ。
「何が火事だよ!!!ここを開けろ!開けろぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
ガシャガシャ!!
男が叫ぶが血の通わない機械は答えない。
「なんで俺がこんな目に!!ここから出たらこんなところすぐ辞めてやる!!クソジジイやババアのシモの世話ならどっかの馬鹿にやらせてやりゃいい!!」
その時だった。
暗闇から何かが飛び出し、男を押し倒した。
「クソ!!離せ!!!」
その「何か」は「異形」だった。捩れた角と腰から生えた蝙蝠のような翼、闇の中でも赤く輝く瞳。精を貪る代表的な魔物娘「サキュバス」だ。
「若い男は元気がいいわね・・・・」
その「異形」は病衣を着ていた。ネームプレートには「咲間」とある。
「テメェ!咲間のババアか!!!畜生!!!」
サキュバスの力に男性とは言えども抵抗はできず、そのまま廊下に縫い付けられるように押し倒されてしまう。
「生意気なガキだと思っていたが、そうか・・・・・。じゃあしっかりと教え込まなければな。力関係ってヤツを!!」
ビリビリ!
咲間が男の下半身に乗り男の白い看護服を引き裂いた。
「かつて赤線の女王と呼ばれたワシの技にどれだけ耐えきれるかのぉ?」
「い、嫌だァァァァ!!!!!!!」
絶望の声はしかし、濡れた何かがぶつかり合う音にかき消されていく。
― 中央ホール ―
普段は効果が薄い健康体操が行われている此処は男女の睦合う音と淫臭に満たされていた。
「天女様じゃ〜〜ついに儂にもお迎えが〜〜」
― 生きる望みを無くした老人が・・・ ―
「歩ける!!!歩けるわ!!」
― サキュバスとなったことで若返り車椅子から立ち上がった老婆が・・・ ―
皆が皆、新たな「生」を謳歌していた。
執務室に設置されたモニターが映し出す惨状を、白衣を着た一人の男が歓喜に満ちた目で見つめていた。
「素晴らしい!!彼らはただ生かされるのみの日々に絶望していた!!!それがどうだ!今では生きることを心から楽しんでいる!!!」
「喜んで頂けたかしら?」
男の傍らには、青い肌と赤と黒の瞳を持つ高位の魔物娘である「デーモン」が立っている。
「レームさん、いやレーム様!!医師となって早40年、医術に限界を感じていました。これぞ人間の未来だ!!!人間は魔物となって真に人間らしく生きていける!!!」
この施設を経営する医師の「中筋一郎」がまるで神を前にしたかのようにレームの足元にひれ伏した。
その様子をレームが冷ややかに見つめる。
― やっぱコイツはダメだわ ―
彼女が望むものは「魔物娘」という存在を理解しつつも、確固とした鉄の意志を持つ「精神的超人」だ。魔物娘を「超越者」として信仰するような者ではない。
「そうそう、貴方にも会いたい人がいるのでしょ?」
レームが語り掛ける。
「入りなさいな」
執務室のドアを開けて、一人の女性が入ってきた。
「お前・・・・!」
そこに居たのは数年前に脳腫瘍で他界した一郎の妻である「中筋妙」だった。
「強い思いがあれば例え故人でもこの世に舞い戻ることは可能よ」
「そ・・・そんなことまで!」
「何事にも報酬は必要よ?さぁ、お互い久しぶりの再会を喜びなさい」
そう言うと妙を残しレームは執務室を出て行った。
「貴方・・・・」
妙が一郎を抱きしめる。冷たくはあったがその肌は柔らかく、一郎に若かりし頃の妙を思わせた。
「こういった時に何て言えばいいのか・・・・。お前には苦労をかけて済まない」
「そんなこと・・・」
「お前が死んで以来、私はお前にどれだけ苦労を掛けたか思い知ったよ。こうして会いに来てくれたんだ、私に出来ることはなんでもするよ」
「・・・・本当に?」
空気の「粘度」が変わる。
それと同時に一郎を抱きしめる妙の手に力が籠る。
「ねぇ、私はこう見えて嫉妬深いのよ。貴方を立てるように行動していたのはね、貴方が他の女に色目を使わないようにするためだった・・・」
「え?!」
只ならぬ事態に一郎が妙の手を振り払おうとするが身を捩ることさえできない。
妙の身体を青白い炎が覆い包んだ。肌は青く染ま
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