懐柔のバラード ― 特盛黒豚ポークカレー ―

― クリスマス ―

そもそもは神の子がこの地に生まれたことを祝う宗教行事である「降誕祭」であったが、現在においてはそれを厳密に守っていることは稀だ。
大概、宗教的な祝日というものは長い時間でその有り様を変える。現在、「クリスマス」というのは家族や恋人と一緒に過ごす日へと変わった。
日本においては「聖夜」が「性夜」とまで言われるように、いささか邪であるが「恋人」と過ごす日としての意味合いが強い。
しかしながら、この季節に絶望の淵に叩き落される人々もいる。
そう
一緒にクリスマスを過ごす「家族」も「恋人」もいない、「クリぽっち」呼ばれる人々だ。



明かりの落とされた部屋。
独身男性の部屋としては掃除が行き届き、部屋の調度品も高級な品物ではないが、大切に扱われているのだろう、まるで新品のように輝いていた。
部屋の主の性格が表れた部屋と言える。
しかしながら・・・。

「・・・・・・」

ベッドで毛布に包まる男性は生気のない死んだような瞳でスマートフォンをスワイプする。
クリスマスだと言うのに共に過ごすべき家族は地方で、今の彼にわざわざ帰省するほどの気力はない。
その画面に映るのは生きる喜びを謳歌する、気力に満ち溢れた男と豊満でやや肉感的な女性だ。

「愛菜・・・・・・」

男、「塩山功」と「愛菜」は恋人ではない。「客」と「娼婦」、所謂「泡姫」の関係だ。
彼女と塩山の関係は三年ほど前に遡る。その豊満な体はともすれば下品にも見えるがしかし、それを補って余るほどの濃厚なサービス。
ただのセールストークとは思うが彼女は三十過ぎのうだつの上がらない功にも優しく語り掛け、日々の仕事で心にぽっかりと穴の空いた彼を満たしてくれた。
彼も愛菜を愛し、やがて二人はルール違反ではあるが店外でもデートするようになり、店では許されないはずの「中出し」もするようになった。
しかし、楽しい時はいずれ去り行く。万物不変の真理である。
半年前のことだ。
いつものように功が愛菜と店外デートを楽しんでいた時だ。

「私、店を辞めるんだ」

「急だな。何かあったの?」

「うん」

愛菜は静かに頷いた。思えば、愛菜も三十路を過ぎつつある。店としてもこれ以上の集客は見込めないだろう。客はテクや愛嬌よりも常に若い女性を望むからだ。

「功ちゃん心配しなくてもいいよ!蓄えも十分だし、それに私外地に行って魔物になるつもりだし」

「え?!」

この国においては「魔物化」は不慮の事故や治療目的以外ではハードルが高い。先進国の中でいち早く魔物達を受け入れ、法的な立場と庇護を与えたこの国でも現状法整備については後手後手に回ることが多く、書類上の手続きの煩雑さから魔物化には制限がかけられている。門の向こう、「外地」でうっかり魔物化した場合は仕方がないが。

「魔物、か・・・」

功自身、魔物について偏見はない。しかし、身近な女性、何度も身体を重ねた愛菜が魔物へと変わるとなれば話は別だ。
今思えば愛菜は私に止めて欲しかったのかもしれない。
でも私は・・・・。

「・・・・・」

急な告白で混乱し、無言で彼女を抱きしめるだけで精いっぱいだった。


その日から愛菜と連絡が取れなくなった。


人は失った時にはじめてそのものの大切さを知る。
私はきっと「愛菜」に恋していたのだろう。
彼女が本当に「魔物」になったかどうかなんてわからない。
だが、魔物になるということは自分自身の想いに「正直」になるということだ。
きっと愛菜は自分に正直になったのだろう。そして選んだ。
そう・・・・・、私は彼女に「選ばれなかった」。


「・・・・・・」

ラインを見てもメールを見ても彼女からの連絡はない。
何も生み出さず、無意味でただただ自分を傷つける行為だ。
それも今日で終わり。
今夜が過ぎれば彼女との想い出はすべて消去する。誕生日に貰った愛菜からのプレゼントは廃棄し、ハメ撮り写真すら残さないつもりだ。

ピンポーン!

不意にチャイムがなる。
ドアを開けたら彼女がいる、そんな夢のような事は起こらないことはわかっている。
でも・・・・。

ガチャッ

案の定、ドアを開いても誰もいない。大方、どこぞの暇なガキがピンポンダッシュをしたのだろう。

「クソッ!」

ドン!

私は怒りの矛先を見失ったまま、それをドアに叩きつけるしかできなかった。


「畜生!どこのガキだ!!まさかユーチューバーってやつか!クリスマスで一人寂しく過ごすぼっちを笑うとか!!!」

人間、一度落ち込むと悪い方向悪い方向へと向かう。しかしながら思考の悪循環はテーブルにいつの間にか置かれた手紙によって唐突に終わりを告げた。

「・・・・・なんだよこれ」

彼に多少なりとも警戒心というものがあるのなら、その手紙を考えも無しに手に取ったりはし
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