― 「学園」内、パオラ・クラインの研究室 ―
カチカチ
白衣を着た女性がキーボートを叩く。
「身体及びパルス波に異常はみられないわ桜花さん」
飾り気の無いパイプ椅子から女性が顔を覗かせる。その女性には生者のような血の気はなく、青みがかった灰色の肌は死体を思わせた。
それもそのはず。
彼女は「リッチ」。魔物全体でも特殊な生態を持つ「アンデット」に属する存在だ。
元来、リッチという種族は研究職につく者が多く、彼女「パオラ・クライン」も「学園」のスクールドクターを務める傍ら、日々自らの研究に勤しんでいた。
「ありがとうございますパオラ先生」
無骨な椅子から一人の少女が立ち上がる。
少女の身体を走る無数のパネル線
ネオンサインのように明るく輝く紫の瞳
そして身体の各所に埋め込まれた球体関節
彼女は人ではない。機械の身体を持つ魔物娘「オートマトン」だ。
「学園」は人魔共生を掲げるとともに人界と魔界の技術の応用などを研究する機関としての側面がある。
彼女は「外地」で発掘された未組み立てのオートマトンから再生された存在だ。
起動時は表情が乏しかった彼女であったが、「落語」と出会い今では一端の落語家として活動している。
桜花というのは、彼女の師匠である「二葉亭囃志」がつけてくれた「双葉亭桜花」からきていて、今では自分の名前として「桜花」と名乗っていた。
「桜花さん、ちょっとこれをみてくれないかしら?」
パオラが桜花に差し出したパネルには何の変哲もない円グラフが表示されていた。しかしグラフ全体は黒く塗りつぶされている。
「パオラ先生、これは?」
「桜花さんこれは、言うなればあなた自身よ」
「?」
桜花が首を傾げる。
「わかりやすく言うとこれはアナタの感情値を表しているのよ。ちょっとこれを見て」
パオラがパネルを操作すると過去の円グラフが表示された。見ると先ほどのグラフのような黒い塗りつぶしは少なくなっていた。
「精神を数値化させることは難しいわ、特に自我はね。だから人間的な感情を持ては持つほど表示できなくなり黒く表示するしかなくなるのよ」
「人間的な感情・・・・ですか?」
「ええ。特に三か月前。アナタの真打披露会前から感情値が高くなってきているわ。もしよろしければ教えてくれないかしら?」
「三か月前・・・・・・」
話は桜花の「認め」前まで遡る。
その日、桜花は師匠と一緒に色街を歩いていた。
「桜花おめーもいよいよ認めだな」
「はい!」
彼の名は「二葉亭囃志」。桜花の師匠であり、彼女の名づけ親ともいえる存在だ。
「ウチの一門じゃ、代々認めは品川心中と決まってんだ。で、だ」
一行が色街の奥、「特殊浴場」いわゆる「ソープランド」が犇めく通りにかかった。
「品川心中という落語は遊郭を舞台にしている。男の俺ならいざ知らず、桜花にその経験はない。だから・・・・」
囃志が桜花を見る。
「・・・・まさか師匠。私に夜伽を?」
「違う違う!俺が言いたいのは本職と話せってことさ!着いたぜ桜花」
二人の目の前には「メンズクラブ 夜戦オブ夜戦」と書かれた看板がそびえていた。
「いらっしゃいませ〜〜て、お前か囃志!」
「店長ご無沙汰」
「お前さん、師匠が行方不明になって大変だと思うが偶には顔を出してやれよ。羽月のヤツも寂しがっていたぜ」
店長と呼ばれたスキンヘッドの男が桜花に向く。
「コイツが例の弟子か?」
「ああ。イイ娘だぜ?」
「で、囃志、もうコマしたのか?」
「なわけねーだろ!!俺は師匠とは違うから!!」
「わーてるわーてる。お前は奥手だからな。羽月は三階奥、従業員用の通路から行ってくれ」
「助かるぜ」
「何、うちの組長が懇意にしていた落語家の弟子だ。タニマチとして捨ておくわけにはいけねぇーな」
「ありがとう。恩に着るぜ」
二人はカウンター裏のエレベーターに乗った。
ソープランドの個室は一般的に「潜望鏡」ができるくらいの大きさがある浴室と、どんな体位でも無理をかけないベッド、店にもよるが「スケベ椅子」や「くぐり椅子」が用意されている。
「・・・・・」
桜花はベッド脇のソファーで静かに缶コーヒーを啜っていた。
なぜならば・・・・。
「ねっ、ねっ!!一発!一発だけでいいからサァ、ヤラしておくれよ!!先っぽだけでいいからサァ!」
目の前では「羽月」と名乗るコンパニオン、いわゆる「泡姫」が囃志に言い寄っていた。
普通こういう場合は男が言い寄るものなのだが・・・・・。
「今日はただの取材だ取材!!」
「とかなんとか言って〜〜!ホントはあの娘にアタシとのまぐわいを見せつけるつもりでしょ〜〜〜?。師匠に似て鬼畜ぅ〜〜〜」
「ホントのホント。だって俺、今金ねぇし」
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