電気女郎は高座の夢を見るか?

「・・・・入門は認められない」

うらびれた演芸場の楽屋。
そこで紋付袴姿の40過ぎの男が静かに答える。彼は「双葉亭囃志」。所謂「噺家」だ。

「師匠そこをなんとか!」

頭を下げるのは女性、いやアンドロイド型 ― 女性であるからガイノイド型と言うべきだろうが ― 魔物娘、「オートマトン」と呼ばれる存在だった。
魔物娘が認知され市民権を持った昨今とはいえ、あまり見かけることが少ない魔物娘である。

「弟子にもなっていないのに、師匠と呼ばれたくないね」

「そ、それは・・・・」

「確かに学園からの協力金は確かに魅力的だ。師匠がああなってウチの懐が寒いからな」

「それなら!」

「それとこれとは別だ。お前自身の本心を聞きたい」

「・・・・・わかりました。でも何を見ても怖がらないでくださいね」

そう言うと、オートマトンの少女は静かに顔を上げた。

カチ!シューンンンン・・・!

機械音と共に少女の顔が「割れた」。

「ヒッ!」

囃志が悲鳴をあげる。
割れた顔の中には無数のコードとチカチカと点滅するライト、顔の中央には剥き出しの眼球が彼を見ていた。
魔物娘が渡来した現代であっても、目の前の「異形」に囃志は根源的な恐怖を感じてしまう。

「・・・・見ての通り、私は人や魔物のように血肉を持った存在ではありません。私の身体を血の代わりに流れるのは電磁パルスであり、筋肉の代わりにアクチュレーターで動きます」

プシュゥゥゥゥ・・・・。

その「異形」は静かに自らの顔面を閉じた。

「だからこそ私は人の持つ感情に強く惹かれてしまうのです。落語には人の悲しみや苦しみがあり、どんな結末でもそれを明るく笑い飛ばしています」

「そうだな。笑えねぇ落語は落語じゃないな。お前、分かってンじゃねーか」

「だからこそ!私は落語を学びたい!人の笑いを感じたいんです!!機械として」

囃志は顔を上げた。

「言っておくが、噺家は楽な道じゃない。覚悟はできてンだな?」

少女は静かに頷いた。

「お前、名前は?」

「学園で生み出された再生型オートマトン、THX1138型です・・・・名前はありません」


― 再生型オートマトン ―

「外地」で冒険者をしていた、とあるグレムリンが結婚の際に手放した未組立のオートマトン群。それを引き取った「学園」が近代工学と魔力工学の粋を集めて再生させた存在。
それが、「再生型オートマトン」だ。
現在は官公庁や学園で作動及び機能評価テストが行われている。


「桜花。お前、今日より桜花と名乗れ。噺家に名は必要だからな」

「はい!」

落語家は基本的に「見習い」、「前座」、「二つ目」、「真打」の階級が存在する。
もっとも、これは協会の場合であり、独立している一門の場合はそうではない。特に、双葉亭囃志の師匠はかなり破天荒な人柄で知られていて、その所業から落語協会からは破門されてしまっている。
一門も高弟である囃志一人だけであり、現在は独り身の白蛇にちょっかいだして行方不明になった師匠の代わりに双葉亭を代紋を背負っている。

「まずは食事だ!お前、いや桜花。何か食べたいものはあるか?」

「その私は・・・・」

桜花は懐から錠剤を取り出した。

「学園から支給されている精補給剤です。これがあれば魔物娘は餓えることも感情のままに行動することもありません。食事も必要ないです」

「いけねぇな。噺家ってのは、実際目の前に蕎麦がなくとも蕎麦を喰っているように演じなきゃいけねぇ。決めた!師匠命令だ。桜花は毎日三食食べること!」

「それは・・修行ですか?」

「おう!落語の修行は一日24時間、休みは無い。心して励め」

「勉強させていただきます!師匠!!」

こうして、オートマトンの落語家「双葉亭桜花」は生まれた。


桜花は「内弟子」として有用だった。
通常落語の修行は師匠・その家族のために家事などの下働き・雑用をすることもある。休みはない。元々、人に奉仕するために生み出された存在であるオートマトンにとっては苦にもならない。
前座になったらなったらで寄席での呼び込み太鼓・鳴り物・めくりの出し入れ・色物の道具の用意と回収・マイクのセッティング・茶汲み・着物の管理など楽屋、寄席共に毎日雑用をこなすことになる。
脱落者も多い修行ではあるが、それすら桜花は涼しい顔でこなしていた。
そして月日は流れ・・・。

「桜花、見事だ」

「ありがとうございます。師匠」

「昔、時そばのオチがわからないって、俺を質問攻めにしていたのがウソみたいだ。特に最後の金蔵がお染に仕返しするところもサスペンスドラマみたいな臨場感があってよかったぜ」

桜花が「認め」に選んだ演目は「品川心中」。
品川の遊郭を舞台にした噺であり、前半では女郎と客の心中がテーマとなっ
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