早朝の湿り気を帯びた風を受け、大海原を見ながら俺は手にしたファルコン・システムパイプをゆっくりと味わう。
アメリカの技師が作り出した近代パイプの名品だ。何故かイギリスで人気が爆発し本国アメリカからイギリスへ、生産国が変わったくらい、このパイプは英国面に満ちている。マウスピースから伸びたアルミ製のシャンクは三つに枝分かれし、見ようによっては魚の骨にも見えなくともない。設計はアメリカ人のはずだが、どう考えても紅茶をキメながら設計したとしか思えない。
しかしその効果は抜群だ。
スパイラル加工の施された航空機用クラフトアルミのシャンクは効率的に煙を冷やし、内蔵されたドライリングのおかげで不快なヤニ汁が口に流し込まれることもない。
吸っているパイプタバコはサミュエル・ガーウィズの「スクワドロン・リーダー」。名戦闘機ソッピース・キャメルが描かれたイカした缶が目印だ。
俺がコイツを外で吸っているのには理由がある。正露丸に似た、独特の香りが特徴であるラタキアが含まれているからだ。貧乏借家暮らしの肩身の狭い独身40代。そんな自分が堂々と匂いが染みつくようなパイプを吸える身分ではない。だからこうして早朝に歩いてうらびれた砂浜でパイプを吸っているのだ。
グチャ・・・
俺が靴底に感じる不快感に足元を見ると、哀れなホタルイカが二次元ホタルイカへと進化していた。
「ホタルイカの身投げか・・・・・」
― ホタルイカの身投げ ―
富山湾ならではの現象で3〜5月くらいに見れる現象であり、産卵のために海岸近くまで来ている、または産卵を終えたホタルイカが波によって海岸に打ち上げられることを言う。「 海岸線の砂浜に延々と続く、身投げしたホタルイカの青白い光がとても幻想的で、初めて見る人はきっと言葉を失うくらいの神秘的な光景」、というが現住民にとっては結構迷惑な自然現象だ。延々と大量のホタルイカが砂浜で蠢いている様はぶっちゃけグロい。
ビチビチ!!!
「?」
ホタルイカにしては大きい音だ。俺はちょうどボウル一杯のタバコを吸い切ったことから、好奇心から音のした岩場に足を向けた。
ビチビチ!!
・・・・・・見なかったことにしよう。
ビチビチビチ!!!
なんだよあれ!ホタルイカの身投げならわかるが、スキュラの身投げなんて聞いたことも見たこともないぞ!!!
ビチビチビチビチ!!
ホラ!!さっきよりも大きくなった!!どう考えてもヤバいだろ!!!
ビチビチ?
何でそこで疑問形なんだよ!!!逃げる!!逃げて布団というアルカディアへと還ろう・・・・。
シュル!
突如として岩場から伸びた触手が俺の足を絡めとる。
「人が助けを待っているのに無視するなんて!!貴方本当に人間!貴方の血は何色?」
「血とか言う前にむっちゃ元気やん!!!アンタ!」
「あ!」
そう言うとピンクのブラをしたスキュラはその場に倒れ込んだ。
「み・・・水を・・・・・・」
「演技下手か!!!大根過ぎるわ!!」
「テヘペロ」
「じゃあ、水を持って来るから触手を外して?」
「I・YA・DA!」
「クソが!!何が目的だ!!」
「私、スキュラの真希は憤慨しておりますの。ホタルイカでさえ普通に交尾して産卵しているのに私は殿方と浮いた話一つない・・・。これは運命の出会いですの!!」
門の向こう、「外地」では普通に難破事故が起こるがここではかなり稀だ。船を沈めてダイナミック求婚なんてできはしない。つまりはネレイスやスキュラ、クラーケンは常に婿不足というわけだ。
「では、早速婚礼アンド交尾ですわ!!!」
真希と名乗ったスキュラは俺をズリズリと海に引き摺っていく。
「ちょっと!!!」
「貴方、子供は何人がいいかしら?」
いかん!目がハートだ!!このまま海に入っても溺れないだろうが、代わりに思いっきり搾り取られる!!
「真希・・・お嫁さんの顔を見せてくれないか?」
できるだけイケメンボイスで語り掛ける。我ながらキモい。
「ええ、いいですわ旦那様!」
真希がコチラを向いた。
「秘技アッシュトルネード!!!!」
バシュッ!!
「きゃぁぁぁあぁぁ!!ゲホゲホゲホ!!!!」
手持ちのパイプに勢いよく息を吹き込むことによりボウルにたまった灰を真希に吹きかけたのだ。思わず件のスキュラは触手を放してしまう。その瞬間、俺は弾かれたように陸地へと走り出した。
ガチャ・・・・
「災難だったな。今日が休日で良かっ・・・・」
「おかえりなさい貴方!!」
安アパートの一室。そこには先ほど撃退したスキュラの真希がいた。ご丁寧に裸エプロン装備だ。
「お、お前!!どこから入ってきた!!」
真希がニタリと笑みを浮かべる。
「私はスキュラ。タコと言えば・
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