一日だけのシンデレラ ― Stand by me ―

暖かな月光がその部屋を満たす。
今では見かけなくなった一リッターのコカ・コーラ瓶や石臼など、有象無象のガラクタが犇めく中見事な彫刻が施された一際大きな姿見に一人の少女の鏡像が浮かんでいた。

― 私は・・・まだ・・ ―

そう呟き、少女は悲しげに微笑んだ。




「学園」の正門前、一人の少女がそわそわと誰かを待っていた。
落ち着いた桜色の袴、あずき色の腰まである艶やかな髪、そして目にも鮮やかな緋色の振袖と、少女は少々時代錯誤な出で立ちをしていた。しかし、魔物娘が多数通う「学園」では人の姿をとっているだけまだましな方だ。当然、「学園」に通う魔物娘が半裸同然の恰好をして警官に厳重注意を受けるところも此処では日常となっている。

「璃音様はまだかしら・・・・」

・・・・この少女は待ち合わせの一時間前から正門前に待っている。しかしながら、「学園」という特殊性を考慮するのなら間違いではない。魔物娘というのは非常に好色だ。既に伴侶や恋人を得ているのなら別だが、独身である場合は常に出会いに飢えている。人間の貞操観念からみて驚くべきことだが、魔物娘達はお互いが納得した場合なら二人の魔物娘が共通の「伴侶」を得ることもあるのだ。実際、学園では中学生くらいの少年が二人のクー・シーとサハギンと一緒にいる姿もよく見掛ける。

― ・・・・・・ ―

少女がチラリと辺りを見渡す。チラホラと魔物娘達がいるが彼女を見ても別段特に関心を持つことはなかった。しかし、彼女の恋人がここに来たら・・・・・。彼を口説く魔物娘の一人くらいは確実にいるだろう。

― ワタクシは璃音様を信じております。でも・・・・ ―

彼女が自らの身体を見る。

ドクン!ドクン!

胸の中、熱き血潮を送り出す心臓の鼓動を感じる。その力強さが彼女に勇気を与えてくれた。

― 大丈夫・・・、今のワタクシは「普通」だから ―

キキッ!

一台の軽自動車が彼女の目の前に止まる。

― 富士重工業製スバル360ヤングSS ―

高度経済成長期を担った希代の名車であり、そのルックスから同じ空冷式水平対向エンジンを持つフォルクスワーゲンの愛称である「かぶと虫」に準え、「てんとう虫」や「アジアのフォルクスワーゲンビートル」と言われ親しまれていた。後期モデルのヤングSSはそのスバル360のスポーツバージョンだ。よくある内装のみをスポーティーに変えただけではない。エンジンにも手が入れられ、最高速は120キロ、ゼロヨンは22秒の高性能マシンだ。

ガチャ!

小気味いい音と共にスバル360の特徴である前開き式のドアが開き、清潔な白いシャツに上質な生地を使ったベストを合わせた青年が車から降りて来た。

「ごめんなさい咲良さん。ちょっと待たせちゃたかな・・・」

「いえ、ワタクシも今来たところですの璃音様」

そう言うと少女、「天道咲良」は微笑んだ。


ブロロロォォォ・・・・

空冷式の水平対向エンジン独特の音が響く。もう48年も前の旧車ではあるが所有者の世話がいいのだろう、水冷式と違い騒音が大きくなりがちな空冷エンジンとはいえ、不快な音を立てることはない。

「咲良さん、狭くありませんか?」

彼女がその肢体を預けているのは助手席で、小柄な璃音から見てもソコは少々狭く感じるであろうことは明白だった。そのため、車における上座、つまりは後部座席に座るように咲良に声を掛けたが彼女は頑として聞かなかった。

「いいえ。ワタクシはこの席がいいのです!だって・・・・」

咲良が璃音に身を寄せる。

「ここなら璃音様の体温が感じられますもの・・・」

祖父から受け継いだ骨董店を経営している璃音は自分の事で精一杯で、婦女に恋愛感情を抱いたことはなかった。寧ろ、昔の名も無き職人が作り出した作品を古臭いと言い放つ近頃の女性には嫌悪感すら抱いていた。だが、「彼女」は違った。モノクロの古写真から抜け出したかのような咲良。魔物娘でありながらも奥ゆかしく、旧家でありながらもそれを鼻にかけることすらない高潔な人柄。彼が恋に落ちるのは時間の問題だった。しかし、彼と彼女が所謂「普通」の恋人になるには多くのハードルが残されていた・・・。

「一応、東洋観光社で映画を見てからランチの予定だけど、それまで咲良さんは何処に行きたい?」

「えっと、璃音様映画というのは活動写真でよろしいですか?」

「それでいいよ。じゃあ・・・ビリヤードとかはどうかな?」

「まぁ、撞球ですか!父や兄が良くやっているのを見ていて、いつかワタクシもやってみたいと思っておりました!」

「これから行く東洋観光社には落ち着いたビリヤードバーがあるんだ。トレーナーもいるし、僕も教えられるから上映時間まで一緒にプレイしよう!」

「ええ!」


― 東洋観光社 ―

ヴァン
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