― 魔物化 ―
主に人間から魔物へと変化することを言う。
サキュバスや白蛇のように対象の女性に対し愛撫とともに魔力を送り込むことが一般的だが、マタンゴやウシオニ、ローパーのような寄生や浸食を通じて魔物化させる種族も存在し、極めて稀な例ではあるが、サキュバスと番った男性がアルプと呼ばれるサキュバスの変種へと変わることもある。またクーシーやケットシーのようなペットが何らかの要因で魔物化してしまうことも見受けられた。そして死者が魔物へと変貌する例もある。
もう立春を過ぎたというのにこの部屋は寒かった。
ベッドサイドに置いた時計を見ると、6時にもなっていない。本音を言うとこの寒い中まだ起きたくはないが、さりとて二度寝してしまうとまたあの夢を見てしまうだろう。俺はのっそりとベッドから身を起こすと足取り重くダイニングに向かった。
― 日本に移住する魔物娘の数が年々増えることに野党神民党の斎藤議員は・・・ ―
なんとなく点けたテレビでは相も変わらず魔物娘の社会進出についての野党の難癖を報道していた。それを横目に見ながら俺は焼きあがったトーストにバターを塗りつけ、大してうまくないそれを多少古くなったインスタントコーヒーで流し込む。味気ない朝食だ。妹がいた時は14歳という年齢を考慮して、それなりに栄養に気を使っていたが、一人でいる以上これだけでいい。それにそもそ何もする気もなかったのだ。食事とて、惰性でとっているに過ぎない。
「行ってくるよ・・・瑠璃」
妹の、瑠璃の部屋は主を無くした時から時間が止まっている。
瑠璃の机、瑠璃の本棚、瑠璃の・・・・。
12月の終わり、凍りついた階段から落下した妹は不幸にも首の骨を折ってその生を終えた。あまりにも突然であまりにも呆気ない死。瑠璃とて夢があっただろうし、恋をすることもあっただろう。でも、瑠璃がそれを得ることは永遠にない・・・・。
思えば兄妹二人っきりの家族だ。俺は瑠璃を愛していたのだろう。
〜 あの時俺が引き留めれば瑠璃は死ななかったかもしれない 〜
そう思ったことも一度や二度ではない。でも、いくら夢想に逃げても瑠璃が帰って来ることはない。後に残るのは涙だけだった。
「・・・・・・・」
街を歩く。
瑠璃をなくして以来仕事でミスを繰り返した俺に、上司は一週間ほどの休養をとることを許可した。公務員だからとはいえ、寛大な上司に頭の下がる思いだ。しかし、一週間の休みを得たとしても瑠璃を失った苦しみが癒されることはなかった。それよりも何もしない方が瑠璃との思い出が幻影のように浮かび上がってくる。それは逃げても逃げても追いかけてくる影法師にも似て、俺を追い詰めていた。
ふと見ると横断歩道を腕が羽根に変わった少女や頭から牛の角を生やした少女が歩いている。
「魔物娘か・・・」
魔物娘というのは、数年前「外地」と呼ばれる別次元からこちらへと移住してきた存在だ。筋力や知力に加え、「魔力」と呼ばれる現代科学では証明することすら不可能な力を持つ彼女達は言うなれば「強者」たる存在だ。しかし、彼女達は能力的に劣るはずの人類を見下すことなく対等の存在として振舞い、今では良き隣人としてこの世界で共に生きている。無論、彼らを疑い排斥しようとする人間も一定数いる。しかし、大多数の人間は彼女達が提供した技術や素材の恩恵を得ていることを知っていて、あくまで排斥派はマイノリティーに過ぎなかった。特に政府は国をあげて魔物娘との婚姻を推奨している。魔物娘との番、インキュバスとなれば若々しく病気にもならない。おまけにセックスするだけで餓えることがない。生活保障も年金も必要ないってわけだ。
〜 瑠璃が魔物になっていれば助かったのかな・・・・ 〜
「危ない!!!」
「え?!」
何者かが俺の首根っこを掴むと同時に車がクラクションを鳴らしながら通り過ぎる。
「貴方死にたいの?」
振り向くと、黒服の女性が険しい表情で俺を見ていた。
「だいたい事情は分かったわ。貴方も辛かったわね・・・・」
駅前の喫茶店。
俺と助けてくれた黒服の女性はテーブルについてコーヒーを飲んでいた。インスタントではないコーヒーを飲むのは久しぶりだ。苦味とひと匙だけ入れた砂糖の甘さが鈍っていた頭に染み渡る。
彼女の名前は「玄野黒子」。高位の魔物であるリリムと言う種族とのことで、信号が赤に変わっているにもかかわらず、横断しようとしていた俺を咄嗟に引き戻してくれたのだそうだ。彼女曰く、一目で死にような目をしていたそうだ。
「私はこういうものです」
「玄野商会統括外商部ですか・・・・」
俺は彼女から渡された名刺に掛かれた文句に目が言っていた。
― 貴方の心にぽっかりと空いた穴お埋め致します ―
「ええ。それが当社の商品ですわ。人や魔物
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