開いたばかりのバー。
丁寧に磨かれ宝石のような輝きを放つグラス。
バックバーに鎮座したリキュールやウィスキー、スピリッツのボトルたち。
開店時間を迎えたばかりの「Barペイパームーン」の奥のテーブル席、二人の魔物が座っていた。
一人は頭から昆虫めいた触角を生やし蠅の羽根を持つ魔物娘「ベルゼブブ」、もう一人は黒い毛皮と燃える様な赤い瞳を持った魔物娘「ヘルハウンド」。
二人の表情に笑みはなく、特にヘルハウンドの女性の方は緊張した面持ちだった。
「ベルデッドにミナ、お二人ともいらっしゃい。ご注文はお決まりかしら?」
重い空気を見かねたBarペイパームーンのオーナーバーテンドレスであるサキュバスのグランマが二人に声をかけた。
「そうね・・・・ローズ社のライムジュースを使ったギムレットと言いたいところだけど、ノイリープラット・ドライ、ロックで。ライムスライスも添えてね」
ベルデッドと呼ばれたベルゼブブがオーダーする。
「グランマ、新鮮なイチゴはあるかい?」
ヘルハウンドのミナに、グランマが頷く。
「ならあたしはブラッドハウンドを頼むよ」
「二人ともしばらく待っててね」
グランマがバーコーナに戻り、ブラッドハウンドの準備を始めた。
このブラッドハウンドというカクテルは物々しい名前に反して、かなり甘口のカクテルだ。
シェイカーに、完熟したイチゴとドライジン、チンザノ社のスィートベルモットとドライベルモットを加えるとグランマはストレーナーを閉め強くシェイクする。
近年ではシェイカーではなくブレンダーを使用するバーテンダーが多いカクテルではあるが、このカクテルが生まれたのはブレンダーの発明前でありグランマはクラシックなシェイカーを使用するレシピを守っていた。
「ベルデッド、調査の結果どうだった?」
パサッ
ベルデッドが水津の目の前に封筒を置く。
すぐさま彼女が封筒に手を置くが、ベルデッドがそれを制止する。
「・・・・・見るのなら覚悟しなさい。生半可な覚悟で彼の過去を知ろうとするのはお勧めしないわ」
「覚悟ならベルデ探偵社に行った時にしている。問題は・・・ない」
「そう・・・・」
封筒の封印を外し、ミナが調査報告書に目を通した。
「おい・・・!こんな・・・こんなことって!!!」
「部外者のアンタが怒るのはお門違いよ。強いて言うならば誰もが善意でソレを行った。・・・・私もこんな結果に納得なんてできないけどね」
「アイツはまだ十三歳だったんだぞ!なのに・・・こんな・・・あんまりだよ・・・・」
いつの間に置かれていたのだろう。
ミナは好物のブラッドハウンドに手を付けることなく、嗚咽を漏らしていた。
ミナがその男に抱いた第一印象は「変な男」だった。
魔物娘デリヘル「艶淫」でデリ嬢として働いている彼女にとって、妙な性癖を抱えている客は幾人も見てきた。
だがその男のリクエストは群を抜いていた。
― フェラなんていい。ただただ抱きしめさせて欲しい ―
好きでもない男のザーメンを飲むよりも良かったため、ミナもそれを承諾した。
一時間彼女を抱きしめるとその男は満足したのか、チップも弾んでくれた。
それからミナは彼の指名を受けることになった。
彼女とて、魔物娘としての矜持がある。
不能なのかと思い、一度は彼にフェラしようとしたこともあるが彼はそれを拒否した。
― ただ抱きしめさせてくれるだけでいいんだ!!お願いだ!!! ―
泣きそうな顔でそう言う彼にミナは興味を覚えた。
「はぁ?常連客のことを教えて欲しいって?」
悩み抜いた末に、ミナはデリヘルの雇われ店長である「バイコーン」のクレアに相談した。
「でもね・・・わかることなんて電話番号くらいしかないわよ?」
いつも面倒事を起こすオーガのトーアと比べ、ミナはヘルハウンドには珍しく礼儀正しいし客とのトラブルはない。
そんな彼女がルールを破るようなことを頼むのだ。クレアとて彼女の力になりたかったが、如何せん店長がそういったことに首を突っ込むのは店の信用に関わる。
故に彼女は知り合いのベルゼブブが営む探偵事務所「ベルデ探偵社」を紹介するのみに留めていた。
魔物娘専用アパート
デリヘル「艶淫」では魔物娘専用のアパートをまとめて借りてデリ嬢のための下宿としている。
ミナは一人、あてがわれた自室でベルデッドの作成した調査報告書に目を通していた。
その手にはベイリーズ・アイリッシュクリーム ― アイリッシュウィスキーを使用した甘いリキュール ― を入れたロックグラスが握られていた。
あの男の名前は「京島龍太」。獣医師をしていて、難しい手術を何度も成功させた名医であり有名人の顧客も多い。
ペットの診察料は高額になりがちだが、しかし彼の経営する病院では利益度外視で低く
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