都会の冷たい風が屋上に立つ私の頬を撫でる。
怖気を感じる死神の手のように感じる人もいるだろうが、私には涙を拭いてくれる優しい手のように感じていた。
「・・・・・」
もうすぐだ。
もう数センチで私は自由になる。
― ねぇ・・・ ―
「えっ!」
警備員に見つかった!
振り返るが誰もいない。
ただただ暗闇が広がっているだけだ。
私がまた前を向いた時だ。
「ねぇ・・・・いらないならくれない?その命」
目の前に浮かぶのは赤い瞳の・・・・悪魔だった。
突然だが、君は行きつけの飯屋で頼むメニューは同じものだろうか、それとも毎回別なメニューを頼むだろうか?
チェーン店ならいざ知らず、個人経営の店では同じメニューであっても毎日「同じ」とは限らない。
ラーメン屋でも日によってスープの濃さは違うし、定食屋では旬によって副菜や香の物が変わることもあるし、顔なじみならある程度のリクエストが通ることもある。
だからこそ、私は行きつけの店では「同じもの」を頼む。
「・・・・・志摩様でよろしいですか?」
「ああ・・・」
「お気をつけてお乗りください」
黒塗りのベンツのドアが自動的に開くとその中に身を滑り込ませた。
― スパ アクアヴィタエ ―
スパとは名が付いているが実態は個室浴場、いわゆるソープランドだ。
この店は少々変わっていて、「ホームページへは無料の会員登録しないとは入れない」、「予約は時間帯のみ、二回目以降でなければ泡姫の予約はできない」、「なぜか童貞割がある」
いわゆるコンビニエンスなセックスを求めるなら避けて通る要素ばかりだが、店も泡姫も高級店以上のクオリティで値段は激安店並み。
ただのしがない団体職員である私でも無理なく楽しめる。
特にお気に入りの「美亜」ちゃん。
髪を染めていて、一見よくいるヤンキー上がりの泡姫と思っていたが、彼女は奥ゆかしくそれでいて濃厚なサービス、そして何よりも彼女は可憐だった。
所詮は金で「春」を売る存在、こんな感情を持つのは可笑しいかもしれない。
でも彼女は可憐だった。
今でも思い出せる。
店に入り、彼女のアルバムを見た時の昂りを、彼女の激情に身を任せ溶けあった感情を
全ては完璧だった。
「着きました・・・・・」
もう店には着いたようだ。
「ありがとう」
カウンターで料金を払い、待合所でゆっくりとお茶を飲みながら時間を待つ。
「志摩様」
名前が呼ばれる。
どうやら準備ができたらしい。
待合室を出ると「美亜」ちゃんが待っていた。
ところどころにハートをあしらった黒革のボンテージ。
蠱惑的なその姿に身を震わせる。
「しまちゃん、お久しぶり!」
子猫のようなくりくりとした瞳で私を見つめる美亜
「ああ、久しぶりだな」
不意に美亜は私の手をとった。
暖かで吸い付くような肌
二度三度ど身を重ねるうちに私は彼女の虜になった。
「・・行こう」
「・・・・聞いてる?しまちゃん」
「ごめん。少し考え事をしていてね・・・・」
「もう!私と一緒なんだから仕事を忘れてよ!」
「ごめんって。それでどんな話だったっけ?」
「いつもの部屋が改装中で、お店の人からVIPルームを使ってって!」
「VIPルーム?この店にそんな場所があったのか?」
「うん!常連の人や特別な人だけが使える部屋で、ダイニングやジャグジーがあるんだよ!憧れだったんだから」
財布の中身が脳裏を過る。
〜 大丈夫だ・・・・ドンペリピンクくらいなら奢れるな 〜
「なら楽しまないとな!何ドンペリくらいなら奢るさ!」
遊びの前に財布の中身を気にする自分の小市民ぶりに辟易させられるが、彼女が喜ぶことをしてあげたい。
判っている。
子猫のように私にすり寄っていてもそれはただの「営業」。
VIPルームとやらも私に気前よく金を使わせる腹積もりだろう。
しかし、それに目くじらを立てるのは野暮だ。
今はただ心行くまで彼女との逢瀬を楽しみたい。
「ささっ入ってよ!」
「これは・・・・・」
黒の色調で統一されたそこは高級ホテルのスィートといっても過言でなかった。
彼女の言う通り、ダイニングや高級酒の並んだカウンターバー、洋酒集めが趣味である私でも見たことのないラベルの酒も並べられている。
「さすがのVIPルーム・・・」
財布の中身が少し気になった。
「何悩んでるのよ!VIPルームを使う人は何をどう使ってもいいんだよ。だからあのお酒をいくら飲んでも追加料金はないんだから!!それよりも・・・」
美亜が近づく
「しまちゃん楽しもうよ・・・・」
私は美亜と唇を重ねた。
うねる舌が私の舌と絡み合う。
「うふっ・・・美味しぃ・・キスがこんなにも気持ちよかったなんて・・・」
美亜が蕩けたような表情で啼く。
彼女の
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