人気の無い植物園。
弟とお母様が事故で無くなって以来管理するものもなく荒れ果てていた。
更地にしてしまおうという話は幾度もあった。
でも話が出るにつれ私は此処を守ってきた。
此処はお母様と弟、そしてもう一人の「弟」との思い出そのものだからだ。
でもそれも、もうお終い。
街中で見かけた彰くん。
その傍らには綺麗な奥さん。
二人の姿はまだお母様が生きていた頃の両親の姿を思い出し、胸が締め付けられる。
〜 ああ 彰くんの中にはもう私なんていないのね 〜
私は父への別れの言葉を呟き踏み台を蹴った。
高級香水のような芳しい香りを漂わせながらシタールを演奏するガンダルヴァ。
その情熱的な調べに合わせて腰をくねらせる、エロス神の巫女であるアプサラス達の魅力的なダンス。
下着そのものような衣装ではあるが、そこに下品さはなく神前で奉納される神楽を思わせた。
ギュッ!
「ッツ!」
痛みに身を捩ると、妻の若葉が僕の脛を抓っていた。
「彰くん、デレデレしちゃって!プンスカ!」
「悪い悪い。もう出るから」
僕の会社は土日は必ず休みになっている。
その為今日は近くのショッピングモールへウィンドウショッピングへ出かけている。
丁度、性愛教団のイベントがありテントでアプサラスのダンスを見ていたのだが、若葉が焼き餅をやくとは思ってはいなかった。
〜 こりゃ何か奢るか買わないとな・・・ 〜
「ねぇ!彰くんこれ見て!!!」
テントの隣にアクセサリーの出店が開いていた。
「これってどうかしら?なんでも愛する者を守るアクセサリーだって!」
はしゃぐ若葉が見せたのは二枚で一枚になる満月をモチーフにしたペンダントだ。
刻まれた紋様からエロス神の加護を受けた護符のようだった。
少々値が張ったが、これで若葉の機嫌が直るなら安いもの。
店主のドワーフに代金を支払うと店を出た。
家に帰ると時計は既に15時を回っていた。
休日となると一日中、若葉と愛を確かめることが多かったが偶にこうして出かけることもいい。
若葉が冷蔵庫にショッピングモールで購入したドラゴニア特産のドラゴンステーキを収納している時だ。
僕のスマートフォンが鳴った。
着信は「夏樹伽耶」
否応にも、あの月光に照らされた植物園での出来事を思い出してしまう。
「彰くん久しぶりですね。今仕事で近くに来ているの、もしよろしければこれから会いませんか?」
鈴の鳴るような声。
彼女と過ごした一年間が思い出される。
「そうだね。妻のことも話したいからこれから駅前の喫茶店で会おうか?」
「うん、待ってるから。」
僕はスマーフォンを切ると若葉に知り合いに会ってくると伝える。
「とか言って〜女の人に会いに行くの〜?」
茶化すように若葉が声をかける。
「ただの親戚だよ」
「夕食までには帰ってくるから」
僕はジャケットを羽織ると家を出た。
「ここも変わったなぁ・・・」
シャッターが閉まったままの店が多かった商店街も「外地」から来た魔物娘がオープンした店へと変わり繁盛しているようだ。
ふと見ると、年老いた爺さんが一人でやっていた駄菓子屋も若返った店主と猫又が店番をしている。
「あの駄菓子屋には小学生の頃通ったっけ・・・・」
僕が思い出に浸っていると、いつの間にか待ち合わせ場所に着いていた。
店のクラシカルなドアを開いた。
一番奥の席に彼女は座っていた。
「久しぶりね」
「ああ」
目の前の彼女は幼い日に見た姿とまるで変わっていなかった。
夕暮れとなり、街が琥珀色に染まる中、僕と伽耶はゆっくりと駅まで歩いていた。
僕が結婚したことや仕事の事。
伽耶も現在父親の事業を手伝っていることを話した。
「そっか・・・伽耶ちゃんも頑張っているんだね」
不意に空気が変わる。
「彰くん・・・・私の事、お姉ちゃんって呼んでくれないんだ・・・・・」
伽耶の顔を黒い何かが覆っていく。
これは「魔力」。
周りには誰もいない。
とすれば、その魔力を放出しているのは一人しかない。
ガシッ!
伽耶が僕の手を掴む。
冷たい、氷のような手だ。
インキュバスとしての力で振り払おうとするがビクともしない。
「お姉ちゃん傷ついたな・・・・」
艶やかな濡羽色の髪は月光のように冷たい輝きに満ちた白髪へ
血の通った肌は色をなくし、青白く染まり
その瞳は底知れぬ闇を孕んでいた。
身を包む黒いドレスに牢獄にあるような鉄柵が取り付けられている。
― ウィルオーウィスプ ―
強い嫉妬を抱きながら死んだ女性の魂が変じて生まれた魔物娘だ。
「伽耶ちゃん正気に戻って!!!!」
僕が叫ぶが彼女は手を離さなかった。
ガシャン!!!
彼女のドレスが開き、中から無数の黒い鎖が飛び出し四肢を拘束しそのままドレスの
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