しの 11歳の秋

 俺、近衛芳樹の家にしのがやってきて数ヶ月が経った。春と夏、2つのシーズンを2人で本当の親子のように過ごして、秋。少し肌寒いが清々しい季節だ。山の中にあるこの家の窓から見える風景は、秋になると真っ赤な紅葉色に彩られる。
 今日は10月15日。しのが11歳の誕生日を迎えた。親のような立場にある俺は、しのに何をプレゼントしようか悩んでいた。
 とにかくしのは自分の意見を言わない。何が欲しいとかまったく言わない。従順な性格はいいのだが、たまには何かおねだりして欲しいものだ。遠慮とかそういうものもあるのだろうけれど、まだ打ち解けきれていないと考えると、なんだか寂しい気持ちになる。

「しの」
「はい?」

 洗濯をせっせとやっているしの。1本の尻尾は布にくるまれ、頭は頭巾を被っている。どうやら濡らしたくないようだ。

「しのは、何か欲しいものってある?」

 尋ねると、しのは顔をにこやかにして、

「特にありません」

 と返した。

「本当に?今日はしのの誕生日なんだよ?」
「しのは、おにぃさまにはお世話になりっぱなしですから」

 ちなみに《おにぃさま》というのは俺の代名詞である。出会って数日経ち、呼び名を考えてたとき、しのは俺に向かって「しのにとってはおにぃさまですね!」と言ったことから始まった。
 しかし《おにぃさま》。
 素敵な響き。

「うーす、いるかね独身君」

 色々悩みながら家の前をぐるぐるしていると、皮肉たっぷりの台詞が聞こえてきた。
 近所(と言っても、歩いて30分は軽く超える場所)に住んでいる牧場主である親友の富樫が荷車を引いてきたのだ。

「独身で悪かったな」
「悪く言ってないぜ?ま、俺はしっかり既婚者だが」
「魔物とだがな」
「なにおう!?俺のアーリエに悪口か!?」
「別にお前の奥さんに言ったわけじゃ……」

 アーリエというのは富樫の妻であるワーシープのことで、物腰の落ち着いた良妻とのこと。実際会ったことはない。富樫家両親の反対を押し切って結婚に踏み切ったという。
 富樫は牧場や農場で採れた野菜や肉類の売れ残りをわざわざ遠路遥々持ってきてくれるのだ。

「今回も色々持ってきたぜ。肉類や野菜類、あとは…………ほら、着いたよ」
「んぅ…………あと5分〜」
「着いたんだって。一緒に行きたいって言ったのはお前だろう?」
「あと多分〜」
「曖昧にしても無駄だ」

 ゆっくりと白くてもこもこなカタマリが動く。やがてあくびをし、荷車を降りた。

「あ、どうも〜♪」
「はじめましてアーリエさん、近衛芳樹です」
「こちらこそはじめまして〜♪」

 柔らかい笑みをたたえ、頭を下げる。

「可愛いだろう?自慢の嫁だ」
「冬はあたたかそうだな〜」

 とそのとき、

「おにぃさま〜?」

 しのの声が家から聞こえる。

「おい、お前の家ってお前だけだったよな……?」
「あ、いやその…………」

 実はまだしのは非公開だったり。

「あ、おにぃさま!」

 しのが家から駆けてくる。頭巾と布が無いのを見るに、洗濯はどうやら終わったらしい。
 と、俺はしのの指が目につく。指にはところどころ絆創膏が貼られていた。なぜだろう。

「おにぃさまの服に穴が空いていましたので、しのが縫っておきました」
「お、気が利くね〜偉い偉い」
「わふぅ♪照れます〜♪」

 頭を撫でると尻尾をぱたぱたさせて喜ぶ。そうか、絆創膏はこのことか。
 一方、富樫は目を丸くし固まっていた。

「お前、子どもが…………」
「いや違う」
「誘拐か!?」
「なお違う」
「だけどよ、お前の知り合いに稲荷や妖狐と結婚したヤツなんていなかっただろう。どういうことだ?」

 訊きたいのはこっちだ。
 とりあえず誤魔化せそうに無かったので、しのの事情を事細かに説明した。半信半疑の顔で聞いていたのはともかく、富樫はなんとか理解したようだ。

「しのちゃん」
「は、はい?」

 俺の脚にくっ付きながら返事をする。少々恥ずかしいようだ。

「しのちゃん、今から言う質問に正直に答えてね。君の《おにぃさま》という変態が君に何かしなかったかい?」
「おい富樫、その質問は俺への挑戦状か?しの、ああいう質問に答えちゃ……」
「夜、しのを抱きしめて温めてくれます♪」
「………………」
「………………」

 しの…………
 よりによってそれは言っちゃならんだろう……?

「おい、今の確かに聞いたぜ《おにぃさま》」
「違う!最近冷え込んできて、しのが『ちょっと寒い』と言ってきたから、一緒の布団で寝かせただけだ!」
「でもおにぃさまは、私を抱きしめて寝てましたよ?」
「これは決定的なんじゃないの?」
「お前は黙ってろ!」
「ZZZZzzzz...」

 くだらなかったのか眠かったのか、アーリエさんは荷車で寝
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