ヒッチハイクのように馬車を乗り継ぎ、僕は少しずつサルマリア魔法学園へと向かっていた。数十キロの距離など都会人の交通手段、あるいはそこそこの魔導士であればどうということの無い距離だろうが、のどかな田舎に住んでる人間からすれば長旅なのだ。目的地の方角に進む馬車を捕まえて進むしかない。大都会であるサルマリアに向かう馬車などそうそう無いので乗り継いで少しずつしか進めない上に、夜になると馬を休ませるため馬車が使えないのでさらに到着が遅くなる。
出発して2日くらい経った。馬車も4台乗り継いだ。畑の方は村の親しい人に頼んでいる。僕は夜の森という闇の中、片腕の無い馬車主の老人と焚き火を囲んでいた。
「君は、サルマリアに向かうと……言っていたね」
老人は言う。
「どんな理由かは訊かないが、かなりの距離を旅しているのだろう?」
「ええ……まぁ」
「察するに君は……魔導士ではないか?用があるのは、サルマリアの学園」
僕は老人と目を合わせた。老人の瞳はとても綺麗だった。
「そうか。君が服を替えている時、背中の……左肩甲骨のところに紋章のようなモノがあったのが見えたんだ。ただのタトゥーにも見えたが、君のような好青年が彫るとは考えづらいからな」
僕は反射的に、言われた部位を手で押さえた。
反射的に、というより、思わず。
気がつかなかった。カルナからそんな説明は聞いてない。
「すまない、警戒させるつもりは無いんだ。ただ、私も昔……君と同じくらい若い頃に、召喚士をしていたことがある」
「召喚士……?」
「そこまで誇れる実力は、無かったがね」
老人は火に細い枯れ枝を投げ入れる。
「私の右腕は、私が未熟だったがゆえに無くなったんだよ。当時の私はサルマリア魔法学園の一人の生徒だった。あの時私は力を持とうと必死だった。『魔導士は基礎が命だ』と口を酸っぱくして言っていた師の言葉を聞かず、扱えもしないというのに強大な力を求めた。そして……召喚した怪物に、私の右腕は食われてしまった」
「…………」
「3日ほど生死をさまよい、目覚めたのは医務室のベッドの上だった。そばには深刻そうな顔をした師が黙って座っていたよ。私は覚悟した……ここまで愚かな魔導士をきっと師は許さないだろう、と。だが師は私にこう言ったんだ。『生きていてよかった』。私はただただ涙を流した。そして大いに後悔した。本当に後悔したよ。腕を失い意味を持たなくなった右肩をさすりながらね……」
「それから、どうしたんですか」
「自主退学したよ。引き留めてようとしてくれた師には感謝したが、私はこれ以上の愚かな行為を繰り返さないように、魔法から離れたんだ」
他人事、なんて思わなかった。
動機が違うとはいえ、もしかしたら僕はこの人と同じ状態になってたかもしれなかったのだ。
歪なバケモノに、持っていかれていたかもしれない。
最悪の場合、命を。
「こんな話は無限の将来を控えた若者にするべきではないのだろうが、魔導士を……それも召喚士の道をいくならば、肝に銘じておきなさい……魔導士は基礎が命。そして、基礎が無ければ死ぬことすらあるのだと」
「説教くさいおじいさんねぇ」
老人が眠った頃、カルナは突然現れて炎に枝を放り投げながら言う。
「アタシってば嫌いなのよ。カタクルシイお話って」
「言葉を選んで喋ってよ。すごく失礼だ」
「要は自業自得な失敗経験談を話してお前もこうならないようにしろ、ってことでしょ?それが嫌いなのよ。確かに手を伸ばしてはいけない事なんて山ほどあるわ。でも逆に、その領域にまで踏み込まないと分からないことだって山ほどある。他人の可能性を削ぎ落とすほど、不利益なことって無いんじゃない?」
「極端だなぁ。それは、人の生き方それぞれでいいじゃないか。危険の先に発見があるならそれを欲する人間にやらせればいい。あの人はあくまで忠告しただけだ。僕は、そんなことをする人生を生きようとなんて思ってない」
「説得力ゼロ」
確かにそうだ。
「ところで、どうして重要なことを話さなかったんだよ」
「紋章?ごめんごめん、アンタ、紋章のことを知りたそうにしてないから」
「説明してくれ」
「はいはい。口頭は面倒だから、書いていくわよ」
だるそうに、カルナは指先に魔力の光を灯し、つらつらと文章を空中に書いていく。
『紋章とは、間に召喚士と召喚士が召喚した対象(以下、使い魔)との正式な契約が結ばれた際に、召喚士の体に浮かび上がるマークである。紋章は使い魔ごと、個体ごとに様々な模様が存在するが、全てに共通するのは、一筆ならぬ三筆で描ける程度の簡易な模様であること』
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