真夜中、倉庫として使われている掘っ立て小屋の中から物音がする。そこには一人の若い召喚士候補の青年がいた。青年は白いチョークでびっしりと書きこまれた陣を前に胡座をかいている。彼の組んだ脚の上には分厚い召喚魔導書があった。
召喚士というのは魔導士のタイプの1つである。様々な使い魔を臨機応変に使役して戦い方を変える。力の持った使い魔を従わせるには相応の実力が必要であり、戦場で活躍している召喚士のほとんどは、上級魔導士たちの中でも一握りである。そもそも召喚士の定義は『使い魔を使役している魔導士』であるゆえに、力がなくても召喚さえできれば召喚士にはなれるが、しかし力を持たぬ人間が易々と使い魔候補を召喚しようとすればどうなるか想像に難くはないだろう。
追記しておくと、彼は上級魔導士どころか魔法の知識を微塵程度にしか持たない一般の村人だった。偶然拾った魔導書に記されたことを、何の深い考え無しに行っているだけである。
「これで……喚べるんだよな……?」
しばらくして、魔導書はバラバラとめくれ、陣は発光を始めた。どんなヤツが来るのか、青年は込み上げてくる期待を押し殺して詠唱を開始した。
我が右手には見えざる鎖
左手には万物の境
たゆたう夢は餞別の標
対価は力
闇は大いなる扉の元へ還る
汝の前に答えはあるか
参れ 我が声を以て
言い切った瞬間に凄まじい突風が吹き荒れ、掘っ立て小屋は容易く崩壊した。青年も柱や屋根と一緒に吹き飛んで地面を転がった。
「いったた……まさか、成功したのか!?」
走る。
農具やらが散らばっている中、辛うじて小屋の柱だけが残っている場所に、人のものと思わしき影があった。しかし少し違うのは、蝙蝠のような翼が月を背に大きく広げている。
「お前が、俺の使い魔……か?」
影はそっと近づいてくる。
「んー、使い魔っていうか……win-win?」
青年と密着しそうなほど接近したところで、月の光によってようやくその姿を確認することができた。
「ハーイ!みんなのセフレ、サキュバスちゃんですよぉ〜
#9825;」
きゃぴるーん☆な効果音が響きそうな気さくな使い魔に、青年は呆然としたまま言った。
「…………チェンジ」
「ちょっとぉ、喚んでおいてチェンジってのはないんじゃないの?」
「そりゃあさ……まさかあんなゴリゴリの呪文でこんなのが出るなんて思わないだろ」
「こんなの!?」
「分かった、分かったから!朝飯を口に含みながら怒鳴るなよ……」
翌朝。
とりあえず召喚してしまった以上、契約が成立してしまったので同居することになってしまった。
僕はネーテル・ログフォーツ。新米召喚士です。昨日まではただの村人Aでした。
「ねえ、アタシを召喚してくれたのは嬉しいんだけど、一体どんなヤツを呼びたかったの?」
「え?」
僕はキョトンとした。そういえば、召喚方法や呪文を学んだだけで具体的に何を喚ぼうか考えていなかった。サキュバスは僕の顔を見て、呆れたような顔をした。
「あーやっぱりそうなの。知識もないのに喚ぼうとしたわけね。いい?召喚には確かなイメージを持って適正な魔力と召喚呪文がなきゃならないの。どんな魔物を喚ぼうとしたかは知らないけど、自業自得ね」
サキュバスは注いだ珈琲を飲もうとマグカップに手を伸ばす。
「あら時間切れ。スタミナないのねぇ、ご主人様は」
見ると、サキュバスの右手首から先が半透明になっていた。
自分の精が尽きかけているのだと、僕は察する。
「もうすぐ消えちゃうから説明しておくけど、アタシと貴方が契約の関係になった以上、強く念じれば儀式や呪文を無視してアタシを喚び出せるわ。助けが欲しいときは喚んで。戦いは嫌いじゃないけど、出来ればベッドの上で喚んでほしいかな
#9825;……なーんてね。あ、アタシの名前はカルナよ。よろしくさん」
そう言い残してサキュバスは光の粒になって消えた。
騒がしい使い魔を持ったもんだと、僕は眉間に皺を寄せながら紅茶を啜った。
「やぁネーテルくん」
隣(とは言っても600メートル離れている)に住むクォルテスさん。五十代後半なのに毎日早朝から畜産業を営んでいる。ホルミルクをベースにかなり儲かっているらしい。そんなクォルテスさんは3日に1度、荷車に積んだミルク缶を1つくれるのだ。
「いつもありがとうございます。クォルテスさん」
「なに、君にはいつも美味しい野菜を分けてくれるからね。お陰さまで、今日も健康で良いミルクが得られた。これが私たちの生きる資金になる。君の作物のおかげで私と妻
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