ノゾムは学校を、なんとか平常を装って乗りきった。自分の覚えている限り不審な動作は何もしていないはずだ。
部活に所属していないノゾムは真っ先に家へと帰り、そのままベッドに飛び込む。
(とりあえず、寝よう)
装うというのは非常に疲れることなんだと、ノゾムは知った。
そっと目を閉じた時、あらゆる不安が脳裏をよぎる。
その中でも特に大きくはっきりとした不安が、『将来ずっと女のままか』という不安だ。
性別は、付きまとうから。
一生。
(あ、来る)
来る。
何かが、こちらに来るのがなぜか分かる。
「人間は夜行性だったかね」
「そういうヤツもいるよ」
朝の、トイレで会った少女の声。
「君の魔物化は第2のステップへと移行した」
そう言って、リッチは窓から侵入してベッドに座る。
ノゾムはいまだ、顔を上げずに枕に埋めたまま。
「もう一人、いるだろ」
「魔力を感じ取れるくらいになったか」
リッチが合図をすると、窓から入ってくる魔女。
「そろそろ素性を明かそうか」
リッチはフードをゆっくりと脱いだ。
魔女は窓のカーテンを締めて暗くする。おそらく、外から見られたく無いのだろう。
「私はハクシだ」
「博士……?で、名前は?」
「ハクシだって。博士のハクシ」
「一緒だろう」
「違いますよー。いいですかノゾムさん。この人はリッチの種族の、博士のハクシさんです。確かに博士は『はくし』と読みますが、この人は『ハクシ』って名前なんです」
「と、いうことだ」
「ちなみに私はハクシ博士の助手、魔女のエリーサですー」
一通りの自己紹介を済ませたところで、ハクシは本題を切り出す。それに合わせてノゾムも、体を起こした。
「改めて言うが君は私と同じ魔物となった。種族はアルプ」
「じゃあ改めて聞くが、そのアルプってのはなんだよ?」
「簡単に言えば男が唯一変化できる魔物だ。サキュバスの端くれ。しかし全ての男がアルプになれるというわけではないんだよ。エリーサ」
「はい。悲劇か喜劇か、お兄さんたちがアルプになる条件。それは『男の人に恋をしている』ことや、『女になりたいと心が望んでいる』ことです。簡単に言えば、女の子の心があるかが条件なんです」
「ち、ちょっと待って!」
あまりにも受け入れがたいことを告げられ、慌ててノゾムは会話を止めた。
「俺がアルプになったってことはだ!てことは……なんて言うか……お、女に憧れてたってこと、だよな!?」
「ですよ?」
「いや!いやいや!あり得ないあり得ない!俺は今までの16と半年の人生、女になりたいって一度も考えたことないって!」
「しかし無意識ってこともありますし……よーく思い出してくださいノゾムさん。本当に無いんですか?」
「ぬぅぅ…………」
必死にノゾムは頭の中をこねくりまわすように記憶を辿る。
「あ、乳首」
「乳首がどうしたんですか?」
「そういや昨日、乳首に嫌気がさして『こんなことなら女に産まれたかった』って思った。一瞬だけだけど」
「そう……ですか」
ハクシとエリーサは難しい顔をする。
その時、1階から階段を上がってくる音がした。かなり速く上がってくる。ハクシはエリーサを引っ張って、すぐに窓から去っていった。
ちょうど二人が消えたところで、ノゾムの部屋の扉が開いた。
「母さん。ノックしてから開けてって……」
「だって、ご飯だからって何度も呼んだのよ?」
「え、マジ?」
「マジよ」
そんな日常の会話をノゾムがしている一方で、ハクシとエリーサの二人は屋根の上にいた。
「どう思いました?」
エリーサが訊くと、ハクシは一言だけ、
「あり得ないな」
とだけ答える。
「ですよねー。あんな『ほんの一瞬程度の願い』でアルプになるはずはありません」
「何か別の理由があるはずだ。もっと深い無意識に」
「あ、燃えてます?」
「ああ」
ハクシはフードを被る。表情は窺えなくなったが、唇は笑っているようだった。
「俄然興味が湧いてきた」
夕食を食べ終えたノゾムは、脱衣所にいた。
ノゾムは全裸である。
全裸になって、鏡の前で立っている。
「……どっちつかず、だよな……」
体つきは、今までの男のまま。
しかし生殖器だけは、女。
「これで生きていくとしたら……いや、考えるのは、よそう」
ぱん、と頬を両手で張った。
そして風呂場でザーッとシャワーを浴びる。たっぷり手にシャンプーを取って、しっかりと洗う。
「…………
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