ふと、ある男子高校生が思った。
(乳首いらねぇ)
カミソリを持った件の高校生は、己の胸にある2つの乳首を鏡越しに見て、呆れたように思った。
彼はいつも風呂上がりに右乳首をチェックし、剃っても抜いても生えてくる極太の1本の無駄毛と常に格闘していた。無駄毛の処理はデリケートの塊である。必要と不要を正しく判断しなければ恥を生む。痛みも生む。特に青年の場合、的は1つだが厄介なことに乳首のすぐ近くに生えている。下手にカミソリを操れば大量の出血である。しかし無駄毛は生命力を最大限に生かして何度でも蘇る。いたちごっこであった。
そんな神経使う作業を2年弱も従事すれば、青年の不満は乳首に飛び火するものである。
(なんで人生で一度も使われない乳首に注意を注がにゃならんのか!)
青年は怒りに震えた。乳が出るわけでもないし女を惹き付ける材料にもならない荷物に、どうして意識を注がねばならないのか。例えるなら、そう。蛇足である。
ただでさえ、額にあるニキビ痕が気になるというのに。
「…………はぁ」
肩を落として、自室へと向かう青年。
(こんな物があるんなら、せめて女で産まれたかったよ……)
そう、思った。
ナイーブな思春期の高校2年生を過ごす青年にとって、これは深刻な悩みであった。
布団に突っ伏して、目を閉じる。
……………………
………………
…………
ここは魔王城。
……の、地下の実験室。
そこには魔王の重臣が信頼を置く、科学者が籠って研究をしている。
「ふふふ……ふふ、ふはははははははは!!」
その博士であるリッチは、高らかに笑った。
「やったぞ……やった……ついに完成した!26年も費やしたこの努力が、ついに実ったぞ!」
彼女の手には、1つの目玉が乗っている。
目玉。
今にもギョロリとこちらを向いてきそうな、本物らしい目玉。
「ふふふ……これで私の、私の願いがついに叶うんだ!この人体豹変装置を使えば私の体も、ワイトに負けない究極のムチムチボインなナイスバディに」
「博士?大声なんか上げて、どうかしましたー?」
「ああ君か。なに、デビルバグと遭遇して少し驚いただけだ」
助手の魔女は何やら重そうな箱を持って階段を降りてくる。
リッチはさっきまでのハイテンションを完全に殺し、真逆の冷静な姿に戻っていた。
「あ、その目玉……」
「ついに人体豹変装置が完成した。これから、私の体で実験しようと思う」
「ちょ、やめた方がいいですよー。博士はどうして自分の体で実験しようとするんですかー?」
「これは私たち魔物や人間にしか使えないからだ。マウスには使えん」
「なら誰か人間を使って……」
「むぅ……あまり気が進まないが、そうだな……健康体な若い男がいいだろう」
リッチは卓上にあった水晶の球を輝かせ、しばらくまじまじと見つめる。
そして、水晶を持ち上げ、魔女に見せる。
魔女が覗きこんだ水晶には、ベッドに突っ伏して眠る青年の姿があった。
「どうやら、何か体に関する悩みを抱えているようだな」
「なら、好条件じゃないですか。使ってみましょうよ」
「うむ」
目玉を青年に向けると、目立つから紫色の光線が放たれ、水晶を通して青年の胸に照射された。
人体豹変装置。
それは人間や魔物の、体に関するコンプレックスを解消するための夢のような装置。スリーサイズや顔の輪郭も、自由自在に変化させることができるという。
ちなみにその効果の持続時間は永久である。
「……ところで博士。こんな目玉ごとき、どうしてそんなに叫んでたんですか?」
「『ごとき』とはなんだ、『ごとき』とは。それに、あれはデビルバグに驚いただけで……」
『やったぞ……やった……ついに完成した!26年も費やしたこの努力が、ついに実ったぞ!』
と、魔女の方からリッチの声がした。
「ちゃーんと録音してますよ?歓喜の叫び」
「な、お前まさか……!」
「ええ。博士がその目玉を作った理由もちゃーんと……」
「ちくせう!」
「ん、ああ……」
朝。
窓からの眩しい光に、いつの間にか眠ってしまった青年は目を覚ます。
(やッべ……寝ちまったのか……)
ぼけーっとして、欠伸する。
そのままの意識状態で時計を見て、青年はぎょっとした。巨大な発電所が稼働し始めたような、ぐぉーん、という音が脳から聞こえた気がした。思考回路が平常運転を開始し、脳の機能が覚醒し、『08:15』と目覚まし時計が表示しているこの状況。青年は中途半端に長い茶髪をボサボサと掻き
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